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171. 高みへ

171. The Rarefied Height 


確かに、生まれ変わったのだ。


オ嬢が齎した奇跡によって、俺は。


三度、生を与えられた。


Garmとして。


Fenrirの対抗として、

そして、Fenrirの同一として、



…生き返った。


誇張無くだ。


首元の傷口に埋まることを止めて生え揃った牙は、

今や立ちはだかる敵を食い千切るのに、十分な鋭さを蓄えていた。

そしてあの大狼さえもを翻弄した肢体の爪は、

憎き神々の喉元を引き裂くために、十分なだけ研ぎ澄まされていた筈だ。


狼であるが故に与えられた、あらゆる武器は、満ち足りていた。



届いていた。


あと少しで、あと少しで。


その命に、届いていたはずなのに。




あの若狼が、


俺とあいつの前に、立ち塞がったのだ。




“Sirius―……”


そいつが差し伸べた前足が、俺のそれと振れた直後。


青白く眩い光が奴の背後から溢れ出し。

雲の切れ目から差し込む陽の光のように、世界に満ちて行ったのだ。


“ヴヴッッッッ……!?”


気が付けば、四肢は地面を掴み損ね、大きく体制を崩して転がっていたのだ。


腹の辺りに沸き立つ、言い知れぬ浮遊感。

無重力を感じていると、すぐに分かった。


巨体を支える脚力にものを言わせ、

瞬発力を駆使して自由自在に宙を舞った、

あの高揚感に通ずるものがある一方、

得体の知れない力に揺り動かされている実感があって、不快なこと甚だしい。


許せなかった。

この俺が、オ嬢以外の誰かが唱えた奇跡のなすが儘にされるなんて。


そして何よりも度し難かったのは、



“コ、コレハッ……!?”


俺は以前、全く同じ体験をさせられている、という実感だけがあることだ。



思い出せない。

けれど、確実に、繰り返させられている。


抗いようもなく、全く同じ力だ。


“ア゛ァァッッ…ア゛ウゥゥゥゥゥッ…!?”


じたばたと藻掻くも、取りつく島だってない。



いるのは、俺との相殺に選ばれた、

このちっぽけな狼の末裔だけ。


“うあぁぁっ!?……ぱ、パパぁっ……”


“ウゥゥゥゥゥッ……!!”


到頭俺達は、

この世界から、引き剥がされ。


“ウア゛ア゛ア゛ァァアアアアアアッッッ――――――――ッッッッ!!”


“わあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーっっ!!”




転送のその先へと、投げ出されてしまったのだ。







――――――――――――――――――――――







その、直後。


“グルルウゥッッッッ…!?”


頁を捲った、次の瞬間だった。


突如として、左肩を、何かが猛スピードで掠める。


“……ッ!?”


未だ、無重力の帳の中を彷徨っている真っ最中であるつもりだった。


しかし、恐る恐る眼を開くと、

どうやら物語の景色は、俺を置き去りにして加速し始めたらしい。


“ナッ…ンダッ!?”


既に、転送の儀は完了していたのだ。



肩の毛皮を、再び何かがガリガリと擦ったかと思うと。

俺の身体は地面に捉えられ、突如として回転を始めたのだ。


“グルルウウゥ…!?”


傾斜を転がる雪玉の中心に捉えられたように、景色が天と地を繰り返す。

激しくあちこちをぶつけ、濁流に飲み込まれた小魚を思った。

口を閉じていなければ、舌を噛み切ってしまいそうになり、尻尾でバランスを立て直す暇もない。


すぐさま四肢を突っ張って立ち上がろうとするが、冷静に今の状況を把握してそれは悪手だと判断した。

恐らく今の俺は、何らかの衝撃によって、強烈な勢いで吹き飛ばされてしまった直後であるのだ。


受け身を、取らなくてはならない。

迂闊に脚を地面に突き立てようとすれば、関節を外され、下手をすればぽっきりと折れてしまう。

落ち着いて、ダメージを最小化することを考えるのだ。

俺は転がるだけの達磨では無い。その勢いは、何れ減衰するだろう。

自然に立ち上がれるようになるのを、待てばよい。




“ウ…ウゥゥゥゥゥッ…!?”




しかし、幾ら待てど、俺の身体は転がるのを止めようとはしなかった。

それどころか、寧ろ、加速を増していないか?


治まらない浮遊感に、激しく地面を擦り続ける身体。



何かがおかしい。



“一体、ドウナッテイヤガル…!?”


どんどん、どんどん早くなっていくぞ。

もしかして、俺は想像よりも遥かな急勾配を下り続けているのか?



だとしたら、止む終えない。

墜ち切った果てに何が待ち受けているのかが分からない以上、

岩壁に身体を強打でもしたら、内臓が潰されるどころでは済みそうにない。

今すぐにでも、勢いを殺さなくてはまずいぞ。



被害は…被害は、最小限に抑えなくては…!!



俺は、右半身がもう一度地面を擦ったタイミングで、右後脚をぴんと伸ばして抗った。


“……ッ!!”


ぐぎ、と鈍い音が強風に掻き消されない。

痛みはその瞬間には無かったが、後々腫れあがってきそうだ。



だが、その犠牲が功を奏したようだ。

俺の身体はぽーんと大きくバウンドすると、遂に地面と決別を果たしたのだ。


よし…これでさっきよりは天地の区別がはっきりする。

後は、四肢のうちの三つを使って着地すれば良い。

着地の負担も分散すれば、どうにか耐えられるはずだ。




そうして、俺はもう一度目を見開き、追放された行先の世界を見た。




“ア…アァッ……!?”




しかし、どうしたことだろう。




俺の身体は、いつまで待っても、落下を始めない。


それどころか、今度は視界の端に先までいた地面との距離が、どんどんと離れていく。


翼を、広げているような感覚。


時が、止まったような気がした。



半回転した眼下には、もう一つの地上が見えている。

天地の差と言うのは、俺が思っていたほど、大したものでは無かったらしい。


君との間に隔てられた距離に、比べれば。



左手には、轟々と喚く真っ暗闇。

右手には……あれは、何だ?


そして、眼前の遥か彼方には、地平とも言うべき視界が、天地に挟まって広がっていたのだ。






ようやく、自分が置かれている状況が、理解できた。




転がり続けていたのは、切り立った断崖だ。


その上を、俺は垂直に落下し続けていた。



俺は樹海に開かれた裂け目に、放り込まれていたのだ。



そして、そこから離れたと言うことは。




“ウゥゥッ……ウゥゥゥゥゥッ……!?”






完全に、成す術を失った。




“ウアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――――――ッッッッ!!”




俺は、もう墜ちることしか出来ない。





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