168. おかえり 2
168. Welcome Back, Wolf 2
やっぱり俺は、Fenrirがいないと、彼らの言葉を理解することが出来なかったのだと思い知らされた。
何となく、ではなく、はっきりとした意志の疎通が出来ていると感じていたけれど。
異なる神族の里へと移り住んだ時に浴びせられた、あの疎外感と同じように。
俺は狼が従う文化を、大狼を通してでないと、正しく解釈することさえ叶わないのだ。
知らなかった訳では無い。
ただの、蘊蓄程度にしか、思い止めていなかっただけ。
狼が、死んだ仔狼を食べるという話を。
何れは、目の当たりにすることになるのだろうなとか、
その時は動揺せず、どっしりと構えていられるようになろうなどと、
まったく平和なことを考えていた。
感情的にはならず、合理的に、生きる為の糧とする様を称えて。
埋葬だとか、儀式的な介入はしないようにしよう。
そんな中途半端な感想も、泡となり。
いざ、対峙した時に、俺がどれだけそれを異質なものとして反発してしまったか。
狼と友達になろうとか、聞いて呆れてしまうよな。
全く、己の器の浅さを思い知らされた。
ただ、それを嬉しいと思えたことが、一つだけあって。
それはつまり、Freyaは
狼として、狼の母として。
ヴァナヘイムの狼たちに、受け入れられていた、ということだろうか。
「…Ska。」
「やっぱり、見せなきゃならないと思う。」
俺は四肢を広げて床に寝転がったまま、ぽつぽつと、語り出す。
「…あの狼は、嘘を吐く罪悪感に耐え切れなかった。」
Skaに向けて手を差し伸べると、彼は到頭こらえきれずに、腐った指先に鼻で触れに来た。
よほどの罪悪感に蝕まれていたのだろう。
彼は今まで見たことの無いような顔をして、ぼろぼろと涙を零して泣いていた。
そっくりだね、あいつの泣き顔に。
「偽りなく、君たちにしたことを話した筈だ。」
「そしてその上で、君たち番狼は、己の身にルーンの文字を刻み込むことに同意した。」
“フシュッ…”
ごめんよ。くしゃみなんかしちゃって、俺の臭いが変なんだろ?
右肩が痛くて、こっちの手を出せなかった。
「読まなくても、だいたいの察しがつく。」
「それは、“狼自身を縛る文字” だ。」
「己を、対となる現身と共に縛り、微睡みへ封印する。」
「違うかい?」
“……。”
そんなに悲しそうな顔をしないで。
図星みたいだけど、別に君の顔にそう書いてあった訳じゃないんだ。
隠し通していなくてはと思っていたのかも知れないけれど。
あいつの失態だよ。
ちょっと前に、俺が目の前で、似たような光景を見せられたからなんだ。
自分と同じ名前を貰った狼と一緒に、この世界から飛び降りようとしていた。
「君たちの中に、いるはずだ。」
「その狼が口に咥えている呪いの言葉は、特別なものかも知れない。」
「Fenrirは、君たちを通して、俺に何らかのメッセージを残そうとしてくれているのではないのかい?」
もしそうなら、読まなくちゃ。
君たちが起こそうと決意した奇跡に、力を貸してあげられないよ。
「その狼の元へ、連れて行ってくれ。」
必ず、彼が思い描いた通りにして見せる。
「……それが恐らく、俺が神として、最後に出来る介入になるだろう。」