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167. 最果ての地

167. The Final Destination


“はははっ……見ましたか?我が狼。Garmのあの慌てっぷり、傑作だったなあ…”


俺は周囲が静まり返ってしまったのを確かめると、もう出て来ても良いですよと話しかけた。


そんなに笑える話では無かったのだが、自分が今どれだけの余裕を持っていられるのかを知りたくて、敢えて無傷を装って動くことを試みたのだ。


案の定、肺に罅が入ったような激痛が走って、無意識に鼻先に皺が寄る。

舌までぶすりといかれた傷口が開いて、俺は思わず呻き声を上げた。

水面に映った自分の醜い顔が見ものだ。鼻の付け根の辺りから鼻血が出ているような気がする。


“うぅっ…つぅ…”


致命傷とは程遠い傷しか負っていないつもりだったが、俺は生前の彼との闘いを肉体に蓄積させていたらしい。

首を垂れただけでよろめき、四肢が縺れて危うく転ぶ始末だ。

膝を折って、事なきを得ようとするも、未だに大木に打ち付けた身体の一部が凹んだままのような気がするぐらい、背中の毛皮の感覚が無い。


“ぼろっぼろだな…”


完膚なきまでに、叩きのめされてしまった。

やっぱり俺は、誰かの後ろ盾がなければ、何も出来ないのですね。

Teusに武運を与えてもらわなければ。貴方に勇気を分けてもらわなければ。

俺は、あの狼の足元にも及ばないんだ。


それでも、一矢報いてやったような気分なのです。


彼は咎められることでしょう。

自分のことを信頼してくれた群れ仲間を、危険に晒してしまったことを。


あの大狼は、俺を必要以上に警戒した。

Teusの唱えた呪文が齎した偶然によって、手痛い一撃を喰らったせいだ。

自分と行動を共にさせることが、腹に抱えた家族にとって危険であると、痛感してしまった。


まぐれの牙が狼たちに届くのに怯え過ぎて

何が何でも、俺から離れさせようとした。


俺が、悪い狼に見えたことだろう。

初めから、Garm自身を標的に見据えてはいないのではないかと。

俺がTeusを庇い、瀕死にまで追い込まれた時と同じ戦い方。

その復讐に違いないと、疑心暗鬼に陥り。


逃れようとすればするほど、嵌っていく罠。




愉悦を感じているので、私はやはり悪役なのだろうと思うのです。

見事な狼狽えっぷりだったから。

彼は容易く、人間にも利用されてしまったのだろうと容易に想像できてしまいました。


今頃は、目の当たりにしている筈だ。


目の前が真っ暗になるような光景を。




“……。”




“ごめんなさい。”




“Garm……”




“俺は、お前の群れの、みんなをぉっ……”




涙が、もっと流れれば良いと思ったのは初めてだ。

歯を食いしばっただけでも耐え難いのに、傷口が塩を刷り込んだように痛む。

それさえも償いには足りなく思えて、身を引き千切りたい衝動に狂いそうだから。

お前はこの場で、どんな形であれ、俺に惨たらしい最期を与えるべきだったのだ。




“ごめんなさいぃっ……”




“てぃうぅっ……”




俺は、到頭お前に会わせるあらゆる顔を剥ぎ取られてしまった。

その裏は、Garmとは本質的に異なる略奪者だったのだ。


あの狼たちは、紛れもなくお前を群れの一員として受け入れ、そしてリーダーとして認めて。

命果てるまで共に生きることを、選んでいたのに。


あろうことか、お前から…


受け継ぐと誓ったお前から…


こうして一匹残らず、奪ってしまったんだ。




“ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……!!”




“ふぇんりるぅぅっ……”




そして、最も身をひれ伏して赦しを請わなくてはならないのは。


再び、同じ光景をまざまざと見せつけられている。

Fenrirと言う名の、伝説の大狼だ。


己を喰らいたい衝動に駆られ、大口をがぱりと開いて、空を仰ぐ。

顎が外れて、口の端から裂けてしまえ。


“あ゛あ゛っ……うお゛お゛っ……お゛がぁっ…!!”


声にならない嗚咽が、石が詰まったような喉から、涎と共に溢れ出る。


“げぇぇっ……お゛ぐゎぁっ……あ゛あ゛あ゛っ……!!”


頭が、おかしくなって、ねじ切れそうだ。





悪夢が、この世に再び立ち現れたのだ。


そのあまりに忠実な再現に、現実感がまるでない。


俺はただ、何もできずに。

この森から、狼が次々と姿を消していくのを、ただ見守っているだけ。






でも、この呪いを、狼たちに刻んだのは。



ヴァン神族の、狼好きな神様でなければ。

その影武者でもない。


増してや、俺を救ったお人好しの神様ですらない。




彼らをこの闘いに巻き込み、犠牲とさせたのは。




“…俺自身だ。”




ようやく、あいつの気持ちが少しだけ分かったかも知れない。


だからと言って、俺が犯した罪が少しも清らかになることは無いのだけれど。


でも、何もせずとも終息へと向かって行く戦争とは、凡そこのようなのだろう。

狙撃手よりも遠い戦場と己との距離が、ますます犠牲の血を薄めていく。



その感覚に耐え切れなくなって、銃口を咥える真似をするのは、ちっとも優しさから来る行為では無かったんだな。




Teus…決めたよ、俺。


もし、俺がこの戦いに負けたなら。

その時は……




“…主よ。”



雨、だろうか。

額に、何かが落ちて来て。


俺は驚いて空を見上げたりなどして、目を瞬かせる。




“泣いておる暇は、我らには残されてはおらぬぞ。”




“皆が、主の為に、繋いでくれた。”




“最後は、主が終わらせる。”




“そうであろう?Fenrir。”




“……。”




“ええ、その通りです。”




“行きましょう。”




あの時点で、思い描いた筋書き通りに、なっているんだ。



“すぐにでも、次なる行動を起こさなくてはなるまい。”


“ええ、そのようです…”



……描き切れるか?このまま。


いいや、演じ切るんだ。


思った通りに、台詞を吐け。





俺は、最後には、あいつの目の間に立っている筈だ。





その為には…



“俺たちは、あいつの奇跡を信じるしかない。”





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