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165. ドッペルゲンガー 2

165. Vesuvan Doppelganger 2 


“さあ、出て来いよ。”


その古樹の裏に隠れているのは、分っているんだ。

彼女を欺いて見せるとは、はっきり言って驚いたよ。

Direは、僕よりも遥かに耳が良いから、相当上手く追跡を続けて来たんだろうね。

兄弟たちでかくれんぼをしても、一番見つけるのが上手いのはいつもDireだった。


だが、彼女が気付かなかったとしても、今の僕は騙されないぞ。


“お前…うちのパックじゃないな?”


そう、既に確信があった。

こんな芸当を披露できるのは、狼しかいないと。


僕が最後尾なんだ。

もし君が僕らの仲間のうちの一匹だって言うんなら、大人しくその木陰から出てこい。

別に怒ったりなんかしないから。

なんなら、謝る。僕に責任があるんだ、誰かが知らずに遅れ始めていたことになるから。

それは、群れを率いるリーダーとして、恥ずべき失態だ。


けれど、違うね?

吠え声の一つも弱音として上げなかったし、

その距離を一定に保ったままでいたんだから。


“……。”


そちらが指示に従わず、姿を現さないというのは、此方にとって懸念すべき材料であると言えた。


じりじりとした空気を楽しめると言えなくも無かったが、生憎そんな時間を食いつぶしている余裕も、地位も無かった。

こうしているうちにも、群れの最後尾との距離はどんどん離れていく。

すぐに追いつけるから、さして問題ではないと言いたいところだが、

たった今こうして森の中に潜伏した脅威と対峙してしまった以上、リーダーが不在の群れがどれだけ脆い集合体であるかを僕が一番憂いていなくてはならなかったのだ。

ボスは進路を真っ直ぐに此方へ向かってきてくださっているようだったけれど、駆けつけて下さるまでには数分はかかる。

それに、酷い重傷を負っていられるんだ、そもそもどうにかして貰おうという甘い考えは、捨て去ったほうがよいだろう。

出来ることなら自力で解決してしまいたい。


逡巡はあったが、僕は腹を決めた。


“じゃあ、こっちから行くぞ…”


ボスが来るまでに、片を付けてやる。




僕は首から背中にかけての毛皮を最大限まで逆立て、尻尾を高々と掲げると、それから念のために頭を出来るだけ低く下げて、ゆっくりと動き出した。

一気に行くか…いや、相手は狼だ。もっと用心すべきか。


ああ、さっきはDireにかっこつけちゃったけど、やっぱり2匹で両側から挟み撃ちにした方が良かったなあ。

そう後悔してももう遅い、身を潜めていると思われる古樹からは一定の距離を保ち、恐る恐る裏側へと回り込む。


足音は、しない。

逃げるつもりは無いって訳か。


“……!!”


遂に裏手に回った僕は、あらゆる動作を見逃すまいと息を止めた。

心臓が跳ね上がって、情けない甲高い声を出してしまわないように。

ほんとは次の動作に響くから、やってはならないのだけれど。


狩りの優位性が生む高揚感なんて、僕は感じられなかった。

僕は、命がけで獲物を追いかけているという意識が未だに強い。


蹄に蹴られ、打ち所が悪かったために絶命することは、それほど珍しくない惨事だ。

人間に狩り殺される話だって、沢山聞いてきた。


ボスにそっくりなあの狼に牙を剥くのだって、死ぬほど恐ろしくて、初めて膝が震えたんだ。

ちょっと絶望した。こんな脅威から、群れを守るために対峙しなくてはならないなんて。

僕はボスみたいには、なれないんじゃないかって。


“何処だ、何処にいる……!?”


自然と卑屈に鼻先へ皺が寄った。


“……!?”


どうやらその狼は、執拗に此方を突け狙っておきながら、好戦的という訳では無いらしかった。

この期に及んで、飽くまで僕には姿を見せようとしない。


とは言っても、もう見逃しようが無かった。

視界の端に、狼の立派な尻尾の先端を捉える。


彼は僕には少しの注視も向けず、迷わず林の奥へと姿を消してしまった。


“ま、待て……!!”


誘われている、そんな感じがした。

僕一匹にだけ、ついて来て欲しそうにしているように見えたのだ。


罠か?

だとしても、追いかけてやる。


結局のところ、群れ全体がヴァン川の向こうへ到達することが目的なのだから。

此処で僕を陥れようとも、それはボスがあの大狼を食い止める為に自らを犠牲にしたのと役割は変わらない。

ならば、出来るだけ自分に手こずって貰った方が、皆の為になろう。

Direが最後尾にいてくれる限り、群れは安心して進める。


僕は、獣の道を外れて、密林の奥深くへと潜り込んでいった。




“……”




景色は鬱蒼と生い茂った樹木から垂れた枝葉で、瞬きを延々とさせられているように、延々と変わった。

もう一匹の狼が、枝を踏みしだき、土を掘り、雑草を揺する音だけが、自分のそれと重なって響く。


そいつは、距離を縮められても、構わないようだった。

全然ペースを上げようとはせず、でたらめに茂みを転々と渡っていく。


最早、導かれているような感覚だった。

まるで、秘密の裏道へと案内してくれる幻のように、その狼は僅かに先だけを行く。




不意に、足音が止まった。


“……!?”


かと思うと、反転した。

な、なんだ……?

急に、此方に向って猛進してきたのだ。


ようやく姿を晒す気になったのか。

或いは、僕を群れから引き離すのに十分な距離を稼いだと踏んだのか。


どちらでも良かった。


もうすぐ会えるなら。



“ハァッ…ハァッ…ハァッ…!!”



僕らは茂みを掻き分け、遂にすれ違う。




“……!!”

“……!!”



一瞬だけ捉えた横顔を認め、互いが大きく目を見開く。




“グルルルルゥゥゥゥッ!!”


僕はか弱い哭き声を掻き消すようにして唸り声を上げると、そいつが振り返るより先に身体を捻り、大きく飛び上がって先制した。


“グルルルルゥゥゥゥッ!!”


その殆ど同時に、これまた同じ吠え声で相手も跳躍する。

僕らはまともにぶつかり、何度も何度も転がり合いながら、馬乗りになろうと揉み合った。


“ガウゥゥゥッ!!”


何回転したか分からなくなるぐらい、目が回ってふらつく視界の中、

どうにか体勢を立て直せたタイミングで、僕は牙を剥いて貫かない程度にがぶりと噛みつく。


“動くなっ!!……動いたら首元を食い千切るぞっ!!”


そう警告して唸ると、そいつはようやく四肢から力を抜いて大人しくなった。


“……。”


“……!?”


“お、お前…!?”




しかし、そうやって拝んだ顔は―




“ヴァウゥッ!!ヴァォオゥッッッ!!ヴァゥゥゥッ!!”


“……?”


その時、突如として前方から、警告の唸り声が上がった。

Aroの声だ。先頭集団が、何かと対峙したんだ。

―罠か、それとも伏兵か?


すぐに、それの指し示す意味が分かった。



突如として現れた、大勢の狼の足音。




“やあ、Buster。初めまして。”




同時に僕もまた、此方をつけ狙っていた脅威と対峙する。




“突然で悪いんだけど、ちょっと僕と一緒に、大人しくしていて貰おうか。”



“―!?”



Buster、




そう呼ばれていた狼が開いた口の中には。

僕の知らない不気味な模様の刻まれた舌が、青白い光を放って輝いていたんだ。





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