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162. 武器を取れ 4

162. Pick It Up 4


“ドウシタ、主ヨ。我ガ狼ヨ。”


その口調を表出させるのは、彼の本性が悪魔じみているからではないか。

邪推してしまいたくなるほど、その業は俺に効いた。


“や、めろ……!”


彼が嫌らしく笑ってすらくれないのが。

本当に俺の判断を鈍らせる。


“死ニタイノデハ、無カッタノカ?”


“やめろぉぉーーーっっ!!”


そうすれば、彼の声が届かなくなるとでも言うように、首をぶんぶんと振って後退った。


俺は、必要以上に目の前の大狼から距離をとらなくてはならなかった。

そうしないと、本気で狂ってしまいそうだったからだ。

彼が身に纏う空気に触れるだけで、正気が蝕まれていく。


“お願いです…お願いだから…”


目の前で威風堂々と佇む狼は、美しく途切れぬ毛皮を纏っている。


“Sirius…”


どう頑張っても、俺は貴方には敵わないのです。



“フッフッフ……”



彼は右の前脚でぽんぽんと地面を掻き、遊びの誘いとして俺に迫ることを宣言する。


“い、嫌です…”


“主ハ、昔カラ真面目過ギルノダ。”


無意識のうちに、恥じらった尻尾が畝った。

そのように窘められると、寧ろ喜んでしまいます。


“我ハ主ノ、ソノ無気力ナ態度ガ気ニ喰ワナイノダゾ。”


どうした。さっきみたいに、我を出し抜いて、渾身のひと振りを喰らわせてみろ。


本音を吐露すると、我はこの遊びを、五分五分とは捉えておらぬぞ。

どちらに転ぶかは、主次第であると考えておる。

だが、良いでは無いか。遊ぼうぞ。

それでこそ我は、主の死を素晴らしいものに出来るのだ。

最期に主の息の根を止めるのは、我でなければならない。



“その…通りです。”


項垂れて、俺はそう呟く。


“俺は、ずっと死ななくてはならないと思っていた。”


“今だって、そうです。”


そして俺はどうやら、望んだ死を迎えられた筈だ。

そして、その上で、誰かに生きることを望まれてしまったのだ。


愛されたと、言って良いのですか。




“…デハ、主ハ、ドウシタイノダ。”




“頭では、分っているのです。”



“…これは、お前が面を被って誘惑しているに過ぎないと。”



もしお前の支配権が本当に今、Siriusに引き渡されているのなら。

俺に立って、こうして戦えと煽り立てることはしないはずだ。


貴方は、その狼俺の死について、対立していたのでしょう?

もう殆ど、貴方に殺されることが決まってしまっているようだけれど。

そうでは無かったはずです。


Garmは、俺のことを好きじゃない。

群れに害を及ぼすような獣を、地獄にのさばらせることは、揺らしてくれない。

でも、貴方は。

貴方はまだ、私のことを、群れの一匹として、認めようとしてくれていたのですよね。


だから、だから貴方は、私の藁の上での眠りを望んでいたはずだ。

俺に求める死が、矛盾している



“…貴方のように、微笑むな。”




“ソレガ理解デキテイルノナラ、安心シタゾ。”


俺は、お前の怒りを買う為だけに、こうしてこいつの対話を許しているんだからな。

だから、この策略が寧ろお前の戦意を削ぐと言うのなら、詫びようでは無いか。



“俺ハ、オ前ガ大嫌イナGarmトシテ振舞ッテヤルゾ。”


次の瞬間、彼は嫌らしく微笑んで、俺を安心させた。


“そうしてくれると、助かる…”


だが、いずれにせよ逃げることは、出来ない。

それは、分っていような。


Garmは、まだまだ俺を精神的に躓かせたくて堪らないようだった。

喩えるなら、どの部位からこの肉を喰らってやろうと幸せな選択肢に時間をかけるような残酷さがあった。


“ドレ、一ツオ前ガヤル気ヲ出シテクレルヨウナ秘密ヲ披露シテヤロウ。”


“この期に及んで、か?”


大丈夫、目の前で嗤っているのは、Garmで間違いないから。

少し調子を取り戻せたことで、俺は口調を強めて唸り声を上げた。


“ま、まだ俺を惑わせようって言うのなら…!”


“イヤイヤ、業務連絡ノヨウナモノデアルト思ッテクレ!”


私情に全く関係のないことだよ。

如何せん、お前はこの森の外の世界を、読書を通じてしか摂取して来なかったようだからな。


“聞く義理は無いな…”


虚勢を遮り、Garmは口調を一転して淡々と話す。




Teusは、お前が逃がしたあの人間は。

どうやら、その身を犠牲にしたようだな。


お前自身が最も実感しているであろうが。

その奇跡が、お前を、Siriusとやらと共に生かしている。



それはつまり、どういうことか分かるか?



“死ンダンダヨ。オ前ノ友達ハ。”


“……。”




嘘だ、とは言えなかった。

内に取り込まれたお前が、信じられるかと頭ごなしに否定しようとする俺に代わって理解してしまう。


“シカモ、傑作ダ。ソイツハソノ(つがい)ト仲良ク、生ヲ明ケ渡シテシマッタラシイナ。”


両方とも、もうこの世で生きていて良い存在ではなくなってしまったという訳だ。


許されることではないぞ。

俺は、正しく死人が住まうべき居場所へ、あいつを連れて行かなくてはならない。



死神と呼んでもらって、けっこうだ。

誰かを生かすために死を恐れなかった彼らに、相応しい世界へ送り届けてやるだけだ。


そうでなければ、この世界は、腐臭を放って死で溢れてしまうから。




別に、俺はヴァン川であいつらに用事がある訳ではない。

だが、ついでに迎えに行ってやろうではないか。


オ嬢の飼い狼として、攫ってやらねばならない。


“ふ、ふざけるなっ…!!”


“オット。俺ハ、何カ、悪イコトヲシテイルカ?”


もしそう思うのなら、お前に死ぬ価値はないよ。

履き違えていると言っても良い。

自分が生き死にを好きなように軽んじることが許されていると思ってる。

摂理を見失った、ただの閉じた死生観に過ぎないよ。


“っ……。”


分かったな?

お前に今生の別れをする覚悟が出来ていたのは、重々承知しているつもりだが。


それでも抗わずには、いられないはずだ。

退路なんてものは無い。安らかななる死なんてものも、お前には贅沢だ。違うか?


この場で俺を動けなくなるまで四肢を切り刻むしか無いんだよ。




ああ、一度なら、逃げても良いぞ。

追い付けるから。

それにこの森は、走っていて楽しい。


頭がズキズキと痛いか?

狼を縫い付けられることに、慣れていないんだ。

きっとお前の自我が、剥離しようとしているんだろうな。


大丈夫、散々に苦しむさ。

お前は、まだまだ、嫌と言うほど生きる。

俺には分かる。半分は現身であるから。




“…サア、低ク構エヨ。”



“モットダ、モット低クダ。”



彼は、従順な犬となった俺のことを、眼を細めて笑った。



“楽シクナリソウダナ、主ヨ。”




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