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162. 武器を取れ 2

162. Pick It Up 2


“アア、ソウダトモ。”


しかしその声には、一切の勝者の覇気というものが感じられなかった。

ともすれば、死に際の戯言のように聞こえる程で。

俺が喋ったことにした方が、似つかわしいのでは無いかとさえ思った。


“…全員、堕トシタヨ。”


“モウ俺ハ、仲間ヲ抱エテ護ッテヤルコトモ出来ナイ負ケ犬ダカラ。”


そう呟き、何度目か分からない所作で、横たわった俺の頭を前脚で踏みつける。

べちゃ、と音がして、血まみれの顔面の毛皮に爪が宛てがわれる。


「うっ……」


この瞬間を、どれだけ恐れて逃げ惑って来たことか。

怖くて、身体が死後の如く強張ってしまった俺は、観念してきつく目を瞑った。


しかし、頭蓋を締め上げ、砕き潰そうとするあの怪力は、いつまで経っても襲ってこない。



「……?」



恐る恐る目を見開くと、Garmの残りの三肢が古木のように聳えていた。

筋肉のはっきりとした豪脚が、実際に樫の樹皮を思わせていたのだと思う。



そして、毛皮の天上を見上げた俺は、舌が熱を持って疼くのも忘れて、歯を食い縛った。


無くなっていたのだ。


“俺ノオ腹ハモウ、空ッポサ。”


幾多も生気を失って垂れ下がっていた、狼の頭の乳房が。無い。


奇麗で薄明るい、狼の毛皮の縫い合わせが続くばかりだった。


Garmは文字通り、‘軽く’ なった。




“皆、自由ニ向カワセタ。”


お前の耳にも、聞こえているだろう。

俺が愛した群れ仲間たちが、元気にこの森を駆ける足音が。


皆、約束の地へと、向かっているのだ。

在奴らは、俺がいなくたって、きっと取り戻してくれる。




“モウスグ、我ラノ願イハ、我ラ全員ノ力ニヨッテ、叶エラレルデアロウ。”







“…タダ、一匹ヲ除イテナ。”




“……どういう、意味、だ…?”


舌を曲げることができず、到頭俺は、狼の言葉でやり取りを続けることを余儀なくされる。


“おい、答えろ、Garm…”


何の抵抗も示さない俺に、その必要が無いと悟ったのか、

彼は頭部を捉えていた前脚を離すと、黙ったまま、視界の外へと姿を消してしまった。


俺を置き去りにして、群れに合流しようとしているのでは無いことは、直ぐに分かった。

Garmは急ぎ足すら運ぼうとはせず、しかし明らかに、目的を伴った足取りで、そこへ向かっている。




意外と直ぐ近くで、彼は首を垂れていた。

無我夢中でその実、全然走れていなかったのだな。


そう。

あの雌狼の、亡骸の元へだった。


“コイツガドンナ思イヲシテ、我ト最後マデ一緒ニイテクレタト思ウ。”


“アリガトウ。”


“楽園デ、彼女ニヨロシク伝エテオイテクレ。”




クチャグチャ、ペチャ、ベチャァ…


“……?”


何やら、奇妙な咀嚼音が聞こえる。


一瞬、俺の首裏にお前の顔がある気がして。

自分の肉体を喰らっているのかと錯覚する。



まさか、お前…?




ペキィ…グッチュグチュ…




“ウオ゛オオォォォォー――ッッッ!!”


“済マナイィィ、本当ニ済マナイィィィィィッッッ…”


“必ズッ…必ズッ…彼女ガ幸セニシテクレルカラァァァッッッァッ…!!”


“ウア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーッッッ!…ウアアァァァッ…ァァァ……!!”



グチュッ…ブチチ…クチャ、クチャァ……







“フゥゥーー……。”




そして、平らげた。




“ナア、オイ。”



再び俺の前に姿を現した狼は、その慟哭の主とは既に違っていた。

彼は一匹でも無ければ、増してや二匹でも無かったのだ。



“ドウシテ、逃ゲルト思ッタンダ?”





まあ、こいつは確かに自らの目的を達成することを優先したがったようだ。

だが俺はな、もうお前が戦意を削がれないうちに、お前を屠ってやることに決めたのさ。




お前が出来て、俺が出来ないはずがないとは思わないか?



今遠くで聞こえる足音が何だ…?

取り巻く側近の足音が、どうしたって?

俺自身の、分裂だと?

そんなこと、できやしないさ。

俺もお前と同じで、いらぬお荷物を縫い付けられているんだよ。


だが、‘こいつ’ の策略に乗って正解だった。


“こ…いつ…?”


お前は必ず直感として俺が複数の足音を纏う事を現象として了解してしまう。

そういう論理の飛躍を才能と言う名の自惚れのせいにしてしまう節があるとな。


それが、お前の強みであり、致命的な弱点であると、教えてくれたのだ。


図星か?

聞くまでもないな。


手に取るように、次の一手が読めた。

半分は、お前自身のことが分かってしまうものだから。


ならば、活路への希望さえも、断ってしまえそうだ。

奇跡に頼らず、地道に積み上げてきた、我らの勝利は近いな。


“ソウ思ウダロウ?主ヨ。”


その口調の表出を、俺は懐かしいとも思えなかった。

最大の敵は、己自信とは、よく言ったものだから。


翻って、俺はお前が恐れる俺になれるだろうか。

群れの力をかき集めて立ち向かってくる彼らに。

一匹の弱みを突くだけでは、道理で太刀打ちできない。




狼は、低く構えて、此方を見据えた。




“サア立テ。”



お前だけは、絶対に許さない。



“コノ辺デ仕留メサセテ貰ウ。”



俺のカウンター・アタックからは、逃れられない。




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