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162. 武器を取れ

162. Pick It Up


首の裏の毛皮に、生温かく濡れた感触が走った。


鮮明に思い描けたのは、一番艶良く生え揃ったその毛皮に、捕食者の牙が深々と突き立てられ、己の鮮血が溢れ出す瞬間。


今まさに、痛みが遅れてやって来ようとしているのか?


「ぁう゛ぅっ…!?」


たまらず俺は、変な声を上げ、その場から駆け出してしまった。

待て、待つのだ、主よ。

もう、制止しようとしても遅い。

賢狼の声も、絶体絶命を悟った本能には届かなかった。


俺は罠を張り巡らせた捕食者に対し、恐れを為して先に動いてしまったのだ。

逃げられない、と分かっていても。




背後から、見降ろされている感覚があった。

俺が目の前の狼の亡骸を見つけたのと同じ構図で、Garmがそこに立っている。


脇目も降らずに、狼の亡骸を照らさんと降り注ぐ光柱から抜け出し、茂みの中へと頭を突っ込んだ。


頭を隠して尻尾を隠さずとは言ったものだが、とにかく首裏の恐ろしい感触を振り払いたくて、仕方が無かったのだ。


尻尾を股の間にしまい込む間もない。

俺は大狼が身に纏っていた百足の這う、あの汚らしい音を耳にしてしまった。


カサカサッ…キチャ、クチャ…キチチチ…


―いる!


鼻の先が冷たくなり、眼の端に涙が滲んだ。


なんで、なんでだ?

俺の耳は、まだ確かに遥か遠くでGarmが幾つもの足を纏って走る雑踏が届いているのに。

此処でも、Garmの四つ足が地面を迷いなく蹴る音が迫って来る!


「聞こえる…足音っ…!」


半ばパニックになっていた俺は、どうにかしてその脅威を視界に収めることなく、身の安全を確保しようと、茂みからさえも抜け出して、更に雑木林の中を出鱈目に突き進んだ。

視界がブレブレで、脚は縺れて絡まる。とてもトップスピードに乗れない。


「分裂して、いた…?」


自分でも、何を口走っているのか分からない。

どうして全く異なる2地点で、彼の存在を感じられることが在り得るだろうか。


「それも……違う…さ…」


何と、仰ったのです?

心なしか、貴方の声が遠いです。

俺の理性を保ってくれていたFenrirが、消えていくようだ。


同じように、Garmの中のSiriusが、別個の肉体を持って、肩やヴァン川へ向かい、もう片方が私に迫っているということなのですか?


ねえ、Fenrir。

お願いです、消えて行かないで…返事をしてください。



「フェンリルウウウゥゥッ……!!」



逃げている時に、悲鳴を上げる獲物がいるだろうか。

自分は此処です。そして、絶体絶命の窮地に立たされ、こうして泣き叫ぶことしか出来ませんと言っているようなものでは無いか。

その行為に、役に立つ要素があるとすれば、群れ仲間に、危険を知らせるぐらいじゃないか。




…デモ、コレデ軽クナッタ。


背負ウモノガ、減ッテシマッタカラ。




「……?」




群れ仲間?

もしかして、あの雑踏って…




「キャウウゥッ!?」




答えらしき糸口を掴んだその刹那。

俺は遂に足元を掬われてしまった。


普段なら目を瞑っていても走れるような走り慣れた地形も。

あの大蛇の行進のせいで、僅かながらに足元に狂いが生じている。


極限状態において、俺の四肢は、本能に頼る他無かった。

身体に刻み込まれている感覚だけを頼りに、走ってしまったのだ。


目の前の倒木をしっかり視界には捉えていながら、脚が言うことを聞かなかった。

そのまま前脚で蹴とばし、自分は顎から泥地を滑るようにして転倒する。


ずざざざーーーっっ…!!




だが、少しでもリカバリーの機会を窺わなければ。

恐怖心にけしかけられ、俺はそのまま半回転して走って来た道を振り返る。



「……っ!!」



目の前には、Garmの姿は無かった。




当たり前だ。

その倒木を対処する余裕があるのなら、飛び越えるに決まっているから。


「グルルゥッ…!!」


自らの予言だけは、退けようと抗ってやる。

俺は頭上に自らの鼻先を突き上げ、首元の毛皮を守ろうと牙を剥いた。


当然、噛みついて応戦なんて出来ない。

無抵抗に、顔面を食い破って貰うだけだ。

致命傷に比べても、安くは無いがな。


「っ……?」


彼の牙が、俺の鼻面を上下にがっちりと抑えたかと思うと、




そのまま俺の硬口蓋をガリリと突き破り、

口腔底をぐちゃりと押し上げ、


「アギャアアアアァァァァッッッーーーーーー!?」


舌の真ん中を、ぶずりと貫いたのだ。






信じ難い激痛で、目の前が真っ白に焼ける。







渾身の力を振り絞って、喰らいついたGarmを振り払うも、

俺は弱弱しく首を振り、そのまま身を投げ捨てるようにして、その場に倒れ込んでしまった。




「ああっ…うああぁっ…えあぁっ…ぁぁぁぁ…」




どんな顔をしているのかも分からない。

口を開いているのかさえ、見当がつかない程だった。







“手掛カリハ、与エテヤッタノニナア。”



ガンガンとする頭の中に、あの狼の声が響く。

きっと、目の前で俺のことを、勝ち誇ったように見降ろしているのだ。



“四ツ足デ移動シテイルノダカラ、オ前ナラ警戒シテクレルトバカリ考エテイタガ?”







お前が自分の意志との遊離を垣間見せたように。




俺も自分自身を騙してやったのさ。


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