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161. 鸚鵡返し 4

161. Back-Tracking 4


予想外の出来事に、頭が真っ白になって、穴が開く程その亡骸を見降ろしていた。


止め脚(バック・トラック)か…!?」

「…っ!?」


自分の口から突然声が飛び出てきたことに驚き、飛び上がって四肢が地面から少しずれた。

今の今まで、ふたり言を何の示し合わせも無く成り立たせてきたのだが。

潜在意識が見つけ出した答えを自分にそっと知らせるような閃きとは違うのだと思い知らされた。

これは完全に俺から遊離した自我であって、互いが縫い付けられていることを自覚し了承しながら共生している奇跡に過ぎないのだ。


だが、そのことを、可笑しいですねと笑い合うのは後だ。


「そ、そうか…!」


俺も遅れて、Fenrirが導き出した答えの意味を理解する。


「こんな子供騙しに引っかかるだなんて…。」


何のことは無い、追っ手を眩ますために、進路を一度後ろ向きに戻り、足跡が突然途切れるように見せかけるあれだ。


「近くにおるぞっ…!!」


つまりは、俺が河川から追って来た足跡の何処かを外れ、脇道でずっと姿を潜めていた。

そのことを瞬時に理解し、俺は飛び退って遺体から距離をとった。


「……!!」


―罠だ。


脳裏で共有された警笛の吠え声で、一気に緊張感が増す。




俺は逃げ出したい気持ちを必死に抑え、ぴたりとその場に固まり、全神経を索敵だけに注ぎ込んだ。

耳だけをぐりぐりと前と横に移動させ、じっと待つ。

呼吸すら雑音となってしまいかねず、不用意に震えた息を吐き出せない。


大丈夫、大丈夫だから。Fenrirがついているから。

俺は彼の奇襲にも、対処できる。


考えちゃ駄目だ。余計なことは全部。

裏を書かれようとしている、と、まだ見ぬ嘘に取り乱してはならない。

しっかりと周囲の情景に耳を傾け、客観的に確かなことだけから判断するのだ。


そうでないと、磨り潰されてしまいそうなほどに……




Garmが仕掛けた狩りが、怖くて堪らなかった。







どれくらいの時間を、そうしていただろう。

先に動いたら、負けだと言わんばかりの意地にものを言わせ、

情けないぐらい鼻先に皺を寄せ、股の間に隠れようとする尻尾を無理やり吊り上げ、

俺は辛抱強く、待ち続けていた。


痺れを切らすのは、必ず彼方の方だという自信があった。

殺意の熱量、とでも言えば良いだろうか。


Garmは確かに狩りの最高峰として、この物語で謳われるだけの力量と冷静さを備えていた。

俺が狩りのあらゆる側面で力比べを彼に申し込んでも、一切彼に劣っている点を見いだせないだろう。

駆けっこの速さ、捕まえやすい標的の見極め、風と獲物が流離う(さすらう)先の予言。


それだけではない。群れの統制力に至っては、俺は一介の狼に教えを請わなくてはならない程度に素人である。

それに引き換え、彼がリーダーとして狩りを先導すれば、忽ち参加者の能力を見極め、どの狼も思いがけず一線級の活躍を発揮するに違いないのだ。



狼の狩りが、失敗しないなんてことが、許されてしまう。

彼が直接に、牙を下さずともだ。

ああ、いいなあ。

最後には、華々しい戦果を遠吠えとして空に響き渡らせるのだろう。


本音を吐露すれば、加わりたいのだろうなと思う。

俺はSiriusという狼の誘いを、最後まで拒み続けている、とんだ不孝物であるというのにだ。


この世界で、まだそんな夢を見るに値するのでしょうか。

いけない、私情が漏れて、貴方を困らせる。



兎に角、俺は劣って、卑屈である自負があった。

翻ってGarmは、Garmであるが故の遂行力に対する強引さがある筈、と俺は思っていた。

自分がいれば、群れは安泰でなければならない。

そんな誇りが、彼だけに無理を強いる、と。



彼に結びつけられた仲間の狼を傷つけられた今、俺を何としても仕留めるという使命に駆られて燃えている。

仮に瀕死の重傷を負っているのだとしても。

こうやって起死回生の一手を繰り出す算段をやはり立ててきた。


生身を取り戻した彼が恐らく逆転する目は、今意外に無い。


俺が怯えて逃げ出すのを、辛抱強く待ってはいても。

それが彼の狙いにはなりはしないのだ。


俺を殺して、ヴァン川を越えなくてはならないのだから。








ぽちゃ…ぴちゃ、パシャ…


果たして、奴の動きは俺の耳に知らされた。

耳がぱちんと弾かれる。


ダダダダッダダダダダッ……!!


「動いたっ!!」



俺はばっと顔を上げ、その方角を睨みつけて、正確な位置を把握しようと試みる。




「馬鹿なっ…!?」


そして、度肝を抜かれた。


「もうあんな上流まで移動していやがったのか…!?」




その雑踏は、今度こそ間違いなく、狼たちが集団となって駆ける、初めにGarmから聞こえてきた足音そのものだった。

それが、俺のすぐ近く、何なら背後から現れるのかと思いきや、身を沈めた河川を寧ろ上流に向けて上った先から、突如始まったのだ。


「二手に分かれていたのかっ……!!」




この狼、とんでもない博打に俺を引き込みやがった。

全体を逃がすために、先に一匹だけ動いて、俺のことを引きつけたのだ。


そして俺が動けなくってしまった心理、つまり相手が先に動き出すという理を逆手にとって。


当初の目的、ヴァン川への到達を優先してきた。




「な、何故一匹で、そんなことを……!」




犠牲となったのが、既に致命傷を喰らった狼であるとは。

なんと合理的な判断を下したことか。

目立つぐらいの血痕を俺に嗅がせるために…

恐らくは、こいつ自身が名乗りを上げたのに違いない。


やられたよ。

とんだビハインドを被ったらしい。




「英雄、か……」




名は、何という?




全てが終わったら。

後で、弔いに参るとしよう。




「美しい雌狼だ。」







時間が無い。間に合うか…?

俺は挨拶の代わりに首を傾げ、その場を後にした。







あの大狼の足跡(トラック)を付けた張本人が、‘此処にいた’ はずである。




ただ一つの疑問をおざなりにして。







“…貴様ニハ、彼女ノ気持チガ分カルマイヨ。“


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