158. 枯死
158. The Withering
なぜ、初めから、こんな風にしなかったのだろう。
君がどうやら無事ではなさそうだったことなんて、全然どうでも良くて。
彼女の部屋に辿り着くなり、ただ、こうやって何も言わずに抱きしめて。
「フレアぁっ…」
君の名前を、顔を合わせることなく呼んでさ。
「Freyaっ…Freyaァァッ……!!」
ずっと一緒になって、泣いていたら良かったんだ。
それでも、許されるよね?
俺も、君も、全知全能の神様なんかじゃないからさ。
弱虫で、利他的で、それ故情に流されるんだ。
絶望に打ちひしがれて、何も考えられずに、おろおろと狼狽えながら、
脆弱な観衆のようにして、物語の成り行きを見守ることしかできなくて。
それで全く、良いじゃないかよ。
なんで、正義感か何かに突き動かされて。
‘運命’ を変えてやろうなどと、躍起になって、奔走していたのだろう。
そんなことで、世界が変わると本気で考えていたのだとしたら。
俺は英雄気取りの、とんだ自惚れだったんだな。
まるで、堂々巡りのはじめに立たされているようだよ。
俺はこうして、ただの成りそこないの人間として、君の傍らで過ごしたかったんだ。
神様の纏い身、その毛皮を拭い捨て去ろうと誓った。
その為に、ああ、そう言うと、手段のように聞こえてしまって辛いけれど。
俺はあの狼に、あらゆる望みを叶えさせ続けてきた。
彼が望んでいると思ったものを、惜しげも無く与えられるだけの ‘人間’ であらねばならなかった。
ちゃんと俺が、戦の神様である自分を捨てようとしていること、分かって欲しかった。
俺は、人間として、この狼を救わねばならなかったのだと、思っている。
けれど、あいつは、
不幸せ過ぎた。
とてもじゃないけれど、力を持たない俺が救えるような深さの沼じゃなかった。
彼をこの物語から救い上げるためには。
結局、俺は神様として、戦場に赴かなくてはならない。
「そんな犠牲が、あって堪るかああ……!」
君を、強く握れない。
潰れてしまいそうな、肌の弾力をしていて、恐かった。
こんなに近くで心臓を合わせているのに。
君のほうが冷たくって、どんどんと血の気が引いて行くのが、肌で感じているだけで分かる。
「絶対に、取り戻して見せるからっ!!」
「もう……もう大丈夫だよ……。」
「ずっと一緒にいるから。ね?」
もう直に、地獄界の女王が、そのお付きの狼と共に、ヴァン川を越えて現れるだろう。
俺と君のことを、ヘルヘイムへ連れ攫いにやって来るんだ。
Freya、君が犠牲にした身体は、もう戻らないのかも知れない。
でもあの少女が、代わってGarmが君を裁く、その時まで。
俺はずっと、こうしていたい。
「その二つが、今なら同時に叶えられている気がするんだ。」
「感じるんだよ…俺。」
喰い殺されるって、こんな気分なのかなあ。
だとしたら、俺があの大狼に与えられるものとして、それは最上のものに当たるのかも知れないね。
そして、存外に悪くないことであるとだけ、あいつには後で伝えておこう。
「戦っているんだ。」
俺が捧げた犠牲が、あの狼の腹の中で、一緒に。
「大丈夫……Freya。」
「きっと…帰って来るよ。」
どやされている姿が、目に浮かぶんだよなあ。
加勢は愚か、足手纏いになっていなければ良いんだけれど。
「ね?Fenrir。」