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146. 従順な復活 

146.Dutiful Return


“おっかしいなあ……何処で落っことしちゃったんだろう…?”


足元を鼻が擦るぐらいに近づけ、丹念に臭いを嗅ぎながら、僕は来た道を急ぎ足で引き返していた。

Teus様が取ってきて欲しいと仰っていた、‘本’ を探しているのだ。


自分としたことが、Teus様を運ぶことに夢中になって、忘れ物に気づかなかっただなんて。

負傷の具合を直視するのが怖かったのもあり、僕は碌にあの方の携えていた携行品を確認していなかったのだ。

もしかしたら、どちらかの手に握りしめていたのかも知れなかったし、仲間の狼とすれ違う中で、Teus様がそれを無意識に手から放してしまっていたのであれば、僕はそれを完全に見落としていたことになる。


そういう訳で、本に僅かでもTeus様の臭いがこびり付いていることに期待して、引き摺り歩いた道を正確に逆戻りしていたのだ。


でも、幾ら辺りを見渡しても、そのような形の物は見当たらない。

僕の仲間の誰かが玩具代わりに持って行ってしまった可能性も無くはないだろうけれど、そうなると捜索は思ったよりも難航しそうだ。


そもそも、他の狼たちには、’本’ が通じない。

僕でさえ、Fenrirさんが夢中になって眺めているのを知っているから、辛うじてどういったものかを知っている程度なので、それを情報共有するのは至難の業だったのだ。

四角くて、食べられず、噛み応えの無い、何か変な模様が刻まれた羽を沢山持っている、動かない玩具の鳥……


その羽の模様こそが、大事なのだと、Fenrirさんに教えてもらった。

それは、人間の言葉を目で見るようにしたものである、と。

つまり、僕が聞き取ることのできるTeus様の大好きな言葉の幾つかが、ずっとそこに並んでいるというのだ。


Fenrirさんの説明は、僕に分かるように噛み砕かれた骨のようなものだと思うけれど。

その話を耳にして、想像しただけで、わくわくして。

実は僕は、Fenrirさんにせがんで、Teus様の名前の文字を習っている。

ついでにFenrirさんと、僕の名前も。


だから、もしその本が落ちていたなら、見つけられる自信があった。

何故ならその本は、Teus様のものであって、人間は所有物には、持ち主の名前を刻むことがあるらしいから。


そして、それが解る。その感動を味わいたい一心で、僕はTeus様から一瞬だけ目を離す油断に目を瞑ったのだ。


“うーん、此処にもないぞ……”


ということは、最初にTeus様を見つけた、あの背高のっぽなお家に置きっぱなしなんだ。

Freyaさんが元気づけてくれた通りに、もう一度貴方に出会えたことが嬉しすぎて、その場に置いてあったのを全く無視して運び出してしまったのに違いない。




それは寧ろ、願ったりかなったりであるとさえ思えた。

あの本の巣とでも言うべき建物からTeus様の持ち物を見つけ出すのに、これ程自分が身に着けた知識が活かされる場面は無いだろうからだ。


こんな大事な局面でも、卒なくこなしてしまうだなんて。

きっと大手柄だ。僕はとっても賢い狼なんだって、褒めてもらえるぞ。


牙が大事な本を貫かないよう、我が仔を口に咥えて運ぶような意識を持たなくては。


そうと決まれば、こうしちゃいられない。

すぐさまTeus様を見つけた場所へ急行しよう。




大丈夫。すぐに見つけて、あの人のところへ戻れるから。

きっと笑顔で、僕のことを待ってくれますよね?



予感を振り飛ばすように毛皮を震わせ、頭を擡げた、その時だった。




ズダアァァァァーーーン……!!




……?




心臓が止まるような、破裂音。




“い、今のは……?”




早鐘のように打つ鼓動を必死に抑え、今来た道を振り返る。

淀んだ空には、春の終わりを告げるカッコウの群れが、散り散りになって舞い上がっていた。


周囲の狼たちが、俄かに騒ぎ出す。

全員が耳を険しく立てて、次なる動きに備えていると分かる。


朗報だ。

群れの仲間に危害が加えられたのではない、何よりの証左だから。


つまりは、そういうことだ。




ま、まさか……?




“どうする…?“




僕は一瞬にして、最大の決断を迫られてしまう。

何度も、前と後ろを交互に見た。




“い、急ごう……!!”




しかし、踵を返し、Teus様を見つけた現場へ、駆り立てられた獣の如く走る。




“速くっ……はやくしなきゃっ……!!”




“Teus様っ……ティウさまぁっ……!!”




僕は、命令を優先することを選んだのだ。


彼が自分を此処まで遣わせた理由なんて、少しも考えたくなくて。

僕が従順で、何も知らぬふりをしていることが、




僕の大好きな神様にとって、都合が良いことを、薄々感じ取っていたからだと思う。




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