143. 時間切れ 2
143. Time-Bomb 2
“アウゥオオオオオオオオォォーーーーーーーーーー…!!”
火力を伴う吐息を噴きだす、その僅かに寸前。
俺のか細い遠吠えは、何者かのそれによって荘厳に掻き消された。
“……?”
思わず息を飲み込んで、げっぷが代わりに喉から漏れる。
凄まじい反響に、突如として、周囲の空気全体が揺れ騒いだのだ。
最も驚いたのは、洞穴自身であったのだろう。
体当たりを喰らったように、天井からぱらぱらと石屑が流れ落ちて来る。
ドゴゴッーーーン!!
“……!!”
そして、狼一匹を踏み潰せるほどの大きさの瓦礫が、鈍い音を立てて俺と群れの合間に落下する。
“…崩落の予感がしておる。”
その場に居合わせた全員が静止し、その続きを傾聴せんと凍り付いた。
“退くのだ、我が仔たちよ。”
命令は、大狼によって放たれていたからだ。
“ぼ、ボス……?”
群れの先頭を変わらず率いてきた一匹の若狼が、耳を尖らせたまま俺から視線を外して振り返る。
“あの大狼は、どうやら覚悟を決めてしまったらしい。”
もう、我が情に訴えても、動かぬ。
残念だが、諦めるより他に無い。
“主らを巻き込んで、自害するつもりだ。”
“直ちに、洞穴の外へ這い出よ。”
我らは、深追いの罠に嵌められておる。
最期の抵抗を称えよ。
此処で爆破を起こされてしまえば、崩落に巻き込まれ、悲鳴さえも押しつぶされて死ぬだろう。
それだけは、群れの失態として、避けなくてはならぬ。
尻尾を巻いて、狩りの失敗に怯えよ。
今ならまだ、間に合うであろう。
“そ、そんな…!”
“ボス!あいつの脅しに耳を傾けてやる必要なんかないんだぜ……?”
“そうだ、もう付き合ってやる必要はない。
これでも、貴方が信じていた狼なんだろう…?
だったら、ボスを巻き込むような馬鹿な真似、出来る筈が無いんだ。”
”そうだよ。もし仮に、あいつが本気だったとしても。
俺達はボスと一緒に死ねるなら……!”
“グルルルルゥゥゥーーー…”
“……っ!?”
それはともすれば甘え声のように静かだったが。
彼が怒りを含ませた唸り声に、軽はずみな口答えをした狼だけでなく、全員の尻尾が委縮してしまう。
“聞こえなかったかっ!?この戯けがっ…!!”
“ひぃっ…すっ、すみませ……キャウゥぅっ……!?”
次の瞬間、その狼は首根っこを仔狼のように咥えられ、ぽーんと洞穴の入り口まで吹き飛ばされる。
“ぎゃぁぁぁぁーーーっ……”
甲高い悲鳴は子気味良く反響し、やがてこの防空壕の外へと遠ざかって行ってしまった。
“四つ脚を生やしておいて、何たる為体であるかっ……!!”
“一緒に死ねるなら、構わぬだとっ!?”
牙の無い上唇を捲り上げ。
群れの誰に対しても、向けて来なかった、醜悪な顔面を見せつける。
“そんな言葉ぁぁ…そんな言葉を、我は ‘彼女’ に…送りとうないぞっ……!!”
更に立て続けに落ちる岩石の塊。
もう堪えられそうにない、そんな彼の意志にさえ感じられた。
“出口まで歩けない奴が前に出てこいっ!!我が放り飛ばしてくれるわっ!!”
恐ろしい睨みを周囲に聞かせると、狼たちは途端に尻尾のボリュームを失ってしまう。
どうか怒らないで、私はこんなにも貴方の前では無力なのです、そう全身で表現する。
“わ、わかりました…ボス…先に外で、待機しています。”
“ど、どうかちゃんと、逃げ遅れませんように。”
“最後には一緒に出てきてくださいね?”
統制の取れた精鋭たちは、彼の一喝に納得の行かないながらも、次々すごすごと耳を寝かせながら、退いていく。
“まったく……手間をかけさせおって…”
狩りを好き勝手にさせ過ぎたか。
我が先陣を切ると、彼奴ら面白くなさそうな顔をするものだからな。
しかし、身の安全を顧みなくなるまで傲慢に育ってしまうとは、思ってもみなかった。
良い仔ではあるが、そうだな…
ぶつぶつと呟きながら、Siriusだけは、真逆の方向へと進んだ。
俺の方へと歩み寄って来る。
“主までもが、洞穴から逃げぬと言い張るのか?”
やはり我は、誰かを率いる資格は無いのやも知れぬ。
人望、それに欠けておるのだな。
“……が良い。”
「………?」
「い、ま……何、と……?」
“聞こえなかったか?どいつもこいつも、本当に狼であるか、怪しくなってくるな。”
“主が、為さんと思い定めたことを、為せと言っておるのだ。”