143. 時間切れ
143. Time-Bomb
「ぐるなあぁぁぁっー…!!あああっ、ああっ!!」
最期まで諦めずに、何かを期待し続けるだなんて。
「近づくっなあっー…!僕はぁっ…怖いんだぞぉっ…!!」
往生際の悪い死に方だと思った。
「おお…かみ、なんだぞぉっ…!!」
これが、楽園に至る為の試練という訳か。
「お前たちを、食べてしまうんだぞぉぉぉ……」
“グルルルルゥゥゥゥッ……ヴォォォォォォっ…!!”
血反吐が出るな。
“げほっ…えほっ…ぐぅ、ぐえぇ…”
もういいや。こんな虚勢。
そう零しつつだが、もう命の大半を宿していそうな尻尾だけは垂らさず。
俺は形だけでも、物凄い剣幕で怒鳴り、応戦の姿勢を取り続けたのだ。
まるで両腕を振り回すような暴れっぷり。
見る者には、子供に刃物を与えてしまってはならないという良い教訓を与えるだろう。
びええええと泣き喚きながら、形だけは立派な爪と牙を、ぶんぶんと振り翳す。
じりじりと、洞穴の奥へと後退しながらではあったが。
迫りくる狼たちが闇雲に振り回される切っ先に突っ込むのを躊躇するような、見るに堪えぬ悪あがきを披露していた。
顔面を振り回してばかりで、目が回る。
力の限りに宙を切った前脚に、身体がもって行かれてよろめく。
“ひびゃあああぁぁぁぁぁ……”
鼻水が、どろどろと垂れて糸を引き、口先に纏わりつく。
涙が瞼の裏を引っ掻き、瞬きをするだけで、痛くてまた溢れて来る。
それでも、俺は。
“何故だ…何故なのだ…”
目の前で、悲し気に俺のことを見つめる、
もう一匹の大狼に対して。
“主よ…我が、狼よ。”
俺は頑なに、拒絶を剥いた上唇の血赤に、示し続けていたのだ。
“そうか……”
それが、何かの奇跡に繋がるとさえも信じずに。
俺はSiriusが、諦めてくれるのを待った。
“そういう、ことか。”
目の前の大狼は、視線を落とし、何かを得たとい言うように、小さく頷く。
そしてその行為に従い、納得しようと、必死にきつく目を瞑っていた。
“良かろう。”
“我とて、諦めぬぞ。”
“ぜぇっ…ぜぇ…ぜうぅ…ぜぅぅ…”
俺は遂に、洞穴の最奥まで追い詰められ、前脚を折る。
もう十分に、戦う姿勢を示せられただろうか。
天に召します神様とやら。
ちゃんと、見ていてくれているんだろうな?
疑いようもなく、ここまで満点であると自負しているぞ。
これで、勇ましく死ぬことができたら。
俺は少しの難癖もつけられることなく。
名誉ある死を、遂げられるのだな?
そうなんだよな?
「どうやら、此処までのよう、だ……」
そんな台詞を、それっぽく零してみると。
いよいよという気がして、僅かに活力が漲る。
“グルルルル……”
“フシュウゥゥ……”
「お前たち、覚悟は良いな……?」
実に勇敢だ。
本当に俺の心を摘むまで、執拗に狩りを続ける気でいるのか。
だが此処から先は、道連れだ。
お前たちには、何の恨みも無いが。
一緒に爆ぜて、毛皮を引き潰されて死んで貰う。
Siriusのお供をしなくちゃならないところ悪いな。
楽園で、恨み言はたっぷり聞いてやるよ。
幾ら耳を傾けたって、不満が晴れることはないんだろうがな。
俺では、お前たちのボスの代わりにはなれないし、なるつもりも無いのでね。
「良い眺め、だ、な……」
そういう眼差しで、俺のことを最期まで見てくれると助かる。
狼と共には暮らせない、その決断が鈍らずに済むから。
では、これで終わりにしようか。
頭を擡げ、洞穴の真っ暗な空に鼻先を掲げる。
吐息を噴き上げるようにして、天井に溜まったガスに引火させよう。
“スゥゥゥーー……”
その為には、最期くらい、狼らしくする必要があるよな。