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142. 秘本裂き 2

明けましておめでとうございます。

今年も狼のお話をどしどし投稿して参ります。

興味がありましたらなにとぞ!!

142. Tome Shredder 2


Skaの背中におんぶをさせて貰うと、あの大狼よりも毛皮の下に隠れた肩の動きを良く感じることが出来た。

左右で交互に浮き出る肩甲骨が、顔を揺らす。

でっぱりは余りにも肉が伴っていなくて心配だ。ちゃんと鱈腹食べさせているつもりなんだけれど。

狼たちは毛皮の外套を全身に纏っているから、余り気が付かないけれど、見た目よりも遥かにほっそりとした体つきをしている。

夏毛に切り替わったFenrirの変わり果てた姿を初めて目にしたときは、飢えがあらゆる筋肉を委縮させてしまったのかと恐ろしくなってしまったくらいだ。

よくあの四肢と駆動部で何時間も走り続けて、獲物を狩ることができるよなと思う。

無駄な筋肉をそぎ落としたからこその、到達点なのかも知れないけれど、Skaの身体の動きを肌で感じて、そんなことをふと思ってみた次第だ。


「これは……?」


ヴァン川より対岸は、未だ浸食の魔の手が差し向けられている途上のようだった。


俺とFenrirが奔走を続けていたのは、大河より西側に広がる鉄の森と呼ばれる広大な変幻地。

嘗ては伝説の大狼と、その群れ仲間たちが一帯を支配していた、言わば狼の楽園。

そう、Siriusの縄張りだった。

そして今はその広大な敷地の一切をFenrirが受け継ぎ、平穏を今日まで保っていたことになる。


対してその東側が、神様がひっそりと暮らす土地。

ヴァン神族の居住地、ヴァナヘイムだ。


今回、Helとヨルムンガルドによる侵攻は、俺とLokiのいざこざが発端となったものであって、彼らには一切の関連性が無いことだった。

いや、Siriusという狼が絡んでいる以上、全く無関係という訳ではないのだが。

少なくとも、今ヴァナヘイムで生きる神様たちには、直接的な責任はない。


そうでなくても、今や俺は血の全く繋がっていない彼らを統べる立場の神様だ。

彼らの命を脅かす危機が差し迫っているのであれば、此処で食い止めなくてはならない。


ヴァン川の畔に面し、嘗てのヴァナヘイムの門前であるこの土地。

俺と妻、そしてSkaが率いる狼の群れが暮らす、ヴェズーヴァが、最終戦争の舞台になるのだ。



Garmは、Helを引き連れて、ヴァン川を再び超えて来ると、毅然とした態度で戦線布告をしてきた。



彼女の命に忠実であるのもあるのだろうが、

Siriusが、地獄界の番狼の生まれ変わりである彼が、あの日遂げ損ねた復讐を胸に誓っていると見て、凡そ間違いないだろう。


「狼を、解放する…」


Fenrirは、その言葉の意味を、彼の生前の記憶の継承として、知っている筈だ。

にも拘らず、Siriusの側に加担することを、拒んだ。


きっと彼の中では、まだSiriusの真の目的というのは見えていなくて、まだGarmの野望が彼を不本意に駆り立てていると考えているに違いない。

もしそうなら、現地民が、俺が目にして来たような屍の群れに造り替えられることは、目に見えているから。

だから、本心では、半分はSiriusに同意し、半分Garmに異議を唱えていたのだと思う。


そしてその拮抗状態から、完全な反駁へ、大好きで憧れの狼に向って牙を剥き、対峙する方へと舵を切った。


自分が見せたい狼の姿があると、言ってくれたのだ。




それが、まだヴェズーヴァには残されている。


“ウッフ…!ウッフ…!!”


皆、無事のようだ。

それだけでも、一先ずは喜ぶべきだろう。




見覚えがある多くの住民たちが、自分とSkaの帰還を出迎えてくれたのだ。

Skaの視点で彼らのことを見るのは、とても新鮮だ。

自分の胸下ぐらいの高さではあるのだけれど、狼たちと自然に目が合うので、ちょっとどきどきする。


“ボス…!何も言わずに何処かへ行かないで下さいよ…”


“そうですよ、こんな大事な時に。川の向こう側へ、捜索隊を送ろうかと話していたところでした。”



何を言っているのかは、皆目見当がつかなかったけれど、彼らが挙ってSkaの口先を舌で舐めようとするので、

恐らく彼の僅かな不在さえも心配してのことなのだろう。


“ああ、ちょっとTeus様のお迎えに…って、ああっ!邪魔だっ!分かった、分かったから、あんま集まって来るなっ!!”



夥しい出迎えに、流石のSkaも、顔を背けて唸り声を上げる。

余程心細い思いをしていたのだろう。Freyaとの新婚旅行の為に、彼を一週間群れから取り上げてしまったことの罪悪感が、今更になって込みあげて来た。


“良かった…此方から遠吠えは、しなくて済みましたね。”


すると、そのうちの一匹の雌狼が此方を向いて、びくりと反応を示し、過剰なまでに後退った。


“って大変!この人間、酷い怪我を負っているわ…!”


“ほ、本当だ…こいつって、うちの縄張りにいた人間だよな…?”


な、何だろう…何を話しているのやら。


“何か様子がおかしい、2,3日置いておいた獲物のような臭いがしている…”


引き摺る右膝の辺りを一匹の狼が興味津々に眺めていたが、それがSkaの逆鱗に触れてしまったらしい。

“バウゥゥッ!!…ガウゥゥッ!!”

腹の底から地響きのようなうねりが伝わって来て、毛皮にくっつけていた耳を怒号が直撃する。


“お前、次にもう一度Teus様の前でそんなこと言ってみろ。本気で群れから追い出すからな。”


“ひぃっ……す、すみません。ボス……”




“お前たちも良い加減にしろっ!!道を開けてくれっ…”


“一刻を争う事態なんだっ!!”



「……。」

いつもは温厚なSkaが、こんなに感情を剥き出しにして吠えるなんて。

表情こそ見えないけれど、きっと鼻先に幾つもの皺を刻み、Fenrirのように牙を剥いているのだろう。


俺には、あんなに愛くるしい仕草で甘えて来るのに…

これがリアルな狼の社会、階層階級であるのだと思うと、ちょっと怖かった。

築き上げてきた地位とは、不釣り合いなものというのは、人間と同じということなのだろうか。




ずんずんと村の最奥に突き進んでいくと、次第に狼の密度も濃くなってくる。

Skaの指示で此処に集合しているのかは定かではないが、緊急事態であることは、彼らなりに察知しているということなのだろう。


天候は、俺の眼からは雨がいつ降ってもおかしくない曇天だが。

彼らには、幾らか赤いシミが混じって見えているかも分からない。

空中を漂う錆の臭いも、耳の奥を蠢く蛆虫も、彼らは滅びの前兆として、鋭敏に感じ取っているかも知れなかった。


“もう少しです…Teus様!”


直に俺とFreyaが暮らしていた仮屋が見えてきた。


庇の下では、Skaの家族も見えて、ほっとする。

皆、丸くなって眠っているようだけれど…毛並みの感じからして、間違いない。

とりあえず良かった。

やっぱりあれは、ただの見間違いであったようだ。

そうだよな、そうに決まっている。




Freyaは、無事でいてくれてるだろうか…?


Skaを彼女と一緒に先に返してから、三日三晩が経っている。

たったそれだけの期間だと思うかも知れないが、とても長く感じたのだ。

それこそ、最期にFreyaに突き放されてから、Fenrirと出会って再び交流を持つようになるまでの、数百年よりも体感では長かったと言っても冗談ではない。


扉を前にすると、臆病風がいつだって、マントの裾を引っ張って邪魔をした。

気付けば今も緊張を紛らわそうと。切れて血のこびり付いた唇を舐めている。


Skaが頭を突いて押してやるのでなければ、俺はこんな状況にも拘わらず、扉の前で小一時間ぼーっと突っ立っているような愚行に耽っていたかも知れなかった。


ギィィィィィ……


“Freyaさん、只今もどりました……!!”


扉が軋み、見慣れた部屋の調度品が視界に飛び込んで来る。

それだけで、涙腺が痛んだ。

ああ、こんなにぼろぼろだけれど、無事に帰って来れたんだって。


「……。」


一匹を、置き去りにして。



俺は、どの面を下げて、彼女の元へ戻って来たのだ。



Fenrirを、救うのでは無かったのか?



目の前の彼女のことが、Skaの頭のせいでぎりぎり見えずにもどかしい。

“あぁっ、ごめんなさい。Teus様…!!”

俺は意を決し、Skaの背中から自らずり落ちて、部屋の中にぼろりと転がった。




そして、見たのだ。




「…ただいま、Freya。」




動揺してはならない。

少しも、気づいたふりをして良いことなんかない。




「君に、お願いがあって来たんだ。」




彼女の半身は、




ヴァナヘイムの女神の半身は、既に。




腐っていたんだ。




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