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141. 予期された運命 4

141. We knew that we were destined to 4


「うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…あああぁぁっ…!」


人気の絶えた洞穴に、狼の慟哭が響き渡る。


「てぃううぅぅっ…ティウゥゥゥゥ……」


「ごめんんっ…うぇぇっ…うえぇぇぇっ…」


大切な友達は、岩肌に刻み込まれた(まじな)いの言葉に攫われてしまった。


「俺えぇぇっ…俺はぁっ…おっ、まえのぉ…ことぉぉぉ…」


両前脚の間に埋めた鼻先から、後悔が嗚咽となって漏れる。

どれだけ暗闇の中で喚き、懺悔に首を垂れようとも。


「うおぉぉっ…ああっっ…うぇぇぇぇっ…」


もう、彼に届くことは無い。

結局最後はまた、一匹ぼっちなんだ。




死んでから、もうお前のことなんて、一秒でも思い出したくなんかない。

さっきは、次にまた会える日のことを楽しみに、口元にぶらさげる手土産に、思いを馳せるだろうと格好つけたけれど。


辛くて、ずっと泣いているよ。


きっと傷の癒えた喉を張り、気が狂うまで吠え続けて。

世界の淵から、脚を踏み外してしまうに違いないんだ。




“……。”


いいや、そんなことも、無いのかな。

この洞穴は、もはや俺が泣き寝入りをする為だけの住処ではないのだ。

幼少期を過ごした、子供部屋とは違う。

入り口からは、ぽつり、ぽつりと、群れ仲間の影が這い寄って来る。


忍んだその足取りは、袋小路に入れられた獲物を音もなく取り囲んでいく。


俺たちの今生の別れを見送った群衆たちは、

泣き虫な主人公を放っておいて、

一生泣かせては、くれないらしい。


“ぐるるるる……”


しかし彼らの唸り声は、もう俺を殆ど脅威とは見做していないようだった。

ともすれば、媚びるように語尾が裏返り、心配そうにしているとさえ取れる。

人間の言葉が理解できずとも、この負け犬がした決断というのは、ある程度察してやれることが出来たのだ。


それが、こうして対峙している相手を悪役と看做せず、一切憎むことが出来ない理由でもあったのだ。

彼らが俺に牙を剥かざるを得ない理由を慮れば、俺は自分で自分の首元を食い破れない不自由さのせいで、蛇に生まれ変わりたいなどと、初めて願ってみたくなる。

きっと皆、断腸の思いで、俺に立ち向かって来たことだろう。

だって、自分たちが慕い、共に遠吠えを交わし合いながら暮らしてきた希望の星と、

寸分違わぬ出で立ちでいるのだから。


そうだとも、お前たちに、恨むとか、そんな感情は一切湧いてこない。

俺が散々に毛皮を齧られ、痛めつけられたのは、他でもない。


大切な狼たちなんだ。




“まさか……とんだ裏切りに逢おうとはな。”


彼らとまともに取り合おうとしない哀れな様を見かねたのか。

入り口から注ぎ込む光を、一際大きく遮る影があった。

幾多もの側近を従えた将軍のような出で立ちで入場する。


上枠すれすれを耳が擦り、その影はゆっくりと頭を下げて鴨居を潜った。


“我は、主を信じておった。”


よぼよぼとした足捌きながらも、大狼は既に三本の脚で歩く術を身に着けてしまっていたのだ。


「う゛う゛っ…うえぇぇ……うぁぁっ……」


「ご、ご……べん、なざぃぃぃ……」


裏切られた気分だ。


俺は、最悪の形で彼を失望させてしまった。

そのことが、何よりも応えた。


Teusを説得し、藁の上の死を遂げさせること。

彼をHelの元へ、正規の方法で向かわせ、

あの少女の周りを、幸せな家族で取り囲んであげること。


それが、皆が、

Siriusとその家族が。

俺を一匹の家族として受け入れる前に


友達に、お別れを言わせてくれる条件だった。




俺はTeusにちゃんと、ありがとうを言えたんだ。

もうこれで、互いの道が、この世界で交差することは無い。


そう言われるのは、仕方のないことです。

最も誠実でありたいと願い続けた貴方に、

感情を露にして怒鳴りつけられるより、率直にそう告げられる方が、よっぽど応えています。


けれども、

貴方とTeusを天秤にかけたとは、思っていません。

どちらが大切だとか。片方だけしか救えないとか。

そんなことよく考えもせずに、取り返しのつかないことをしてしまった。


最低の自分を晒しました。どちらも悲しませるような、終わり方をした。


こんな私の選択に悔いはない、です。


…なんて言うと、良い訳がましいでしょうか。


一生懸命、生きたけれど。

自分勝手が招いた結末に、良いように脚注を付け加えただけなのかな。


「うぅ……うああああああっ……」


そう思うと、やっぱりこうして、尻尾の毛を反らせて咽び泣くしかありません。



“そうか……”



Siriusは、久方ぶりに訪れた部屋の空気を味わって吸うように、ゆっくり首を回して周囲の様子を眺めた。



“変わらないな……”




それが、この古巣の様子が余りにも期待通りで思わず漏らした感嘆であるのか。

将又(はたまた)、哀れっぽく哭いて手に負えむ狼のことを見かねての歎息であったか。


いずれにせよ、貴方の一挙手一投足が、私のこの洞穴での居場所を追いやっていく。


そうだった、俺はずっと、此処で泣き喚いていてはいけないんだ。

身を伏せてた俺は、前脚の隙間から覗かせていた、泣き腫らした瞳をぎゅっと瞑る。



まだ、まだ…終わっていないから。

立ち上がらなくちゃ、ならない。




“もう良い。もう良いのだぞ、我が狼よ。”




その意志を鋭敏に嗅ぎ取ったのか。

朗々と、慈悲深い吠え声が響き渡る。


“あの娘には、確かに父親が必要であるが…”


我のことを、そのように見做してくれている部分もある。

だから今すぐにとは言わぬ。

我が直々に、あの男にそう掛け合ってみるとしよう。


主が逃がした男の行き着いた先、ヴェズーヴァとやらは、我が向かうヴァン川の向こうであるのだろう?

ならば、変わらぬことだ。

どのみち我と彼奴は、この世界で再び交差する。




“だが、主は別だ。”




主とだけは、これが、最期の好機であると。

はっきりと悟ってしまえる。


故に…此処で主との対話、済ませておかねばならぬ。




“我は……”


“本当に、主のことを……”


震えた舌先に、

鼻を啜る、小さな掠れ音。

涙を湛えていた瞳が、静かに揺らめいて輝く。


“ああっ…どうか、どうかっ………”




“Fenrirよ……”




“主だけは、我と共に来てくれるのだろう?”


“それだけは、主を信じたいぞ。”




「……。」


「どうして、洞穴の中に、入ってきてしまわれたのですか。」


「私がTeusにした話、聞いていたのでしょう?」


この洞穴は、私の一存で、自決の為の防空壕と化します。

まともに喰らえば、まず助かりません。


入り口からそんなに離れて、大丈夫なのですか。

貴方の大切な狼たちを先に内部へ送り込むのは、慢心にも程がありませんか。



「俺は…ほん、き、ですよ……?」





“我は、主のことを信じておる。”




安らかに、どうか眠っておくれ。


諦めてなるものか。

我らはいつだって、主が群れに加わることを歓迎しておるのだ。




“お前たち、後は頼んだぞ。”




配置を完全に済ませ精鋭たちは、それを命令の合図として、唸り声を威嚇の方向へ舵を切った。

最期の仕事として、俺の戦意を奪い尽くすため、

静かに武器を携える。




“済まない…”


だから、少しでも気が変わることがあったなら。


直ぐに言うが良い。







それは人間の言葉であっても、狼の言葉であろうとも、構わないぞ。


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