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141. 予期された運命 3

141. We knew that we were destined to 3


「……俺が命を落とすの何らば、間違いなく此処にしようと決めていたのだ。」


常に、死に場所を探し求めて彷徨い歩いたのだ。

見つけたならば、巣穴を潜り込むように、安心できるからな。

ああ、俺はいつでもここにきて、眠れる。

そう倒れ込むのと殆ど同じようにして、自らの物語を終わらせることができる。


「俺が甘い鳴き声で縋れば、いつだってSiriusは、笑って牙を見せてくれた。」


寄り添って、首元を近づけるだけで良い。

それが、どれだけ心を癒してくれたことか。

俺は、もうずっと貴方の傍らから離れたくない。

高鳴る心音を抑えて、憧れの大狼にぴたりとくっついてみるのだ。


すると、どうなる?

慣れて来るのだ。居心地が良い。

ここに来たら、いつか死んでしまうのに。


或いは、そんな危険な思考の淵に立つことのスリルを味わってほくそ笑むのだ。

危ないなあ。後ほんの少し、道を踏み外せば。

俺の生半可な意思も、本物になってしまうのだ。



「今も…そんな心持ちでいる。」



ほんの、冗談のつもりでいるのかもとさえ思う。

まだ、本当に死ぬ覚悟も、実は伴っていないのかも知れない。



だが……そんな軽い気持ちで、良いのではないか?


神は、それを思考停止であると仰るのだろう?

けれど、お前が命を奪って行った、勇ましい死を遂げた輩は、大概がそうだ。


道徳を自らの内に、何らかの実体験に基づいて確立するには、よくよく考えなくてはならない。

それこそ、一生では纏まらないだろう。

だから、騎士道精神なんてものがある。

あれは血筋そのものだ。先代から、ずーっと眠るふりをして怯えて、気づけば押し付けられた運命に対して覚えた認知的不協和への、無意識な解答。死ぬ手段。


けどな、大抵の雇われの兵士には、そんな時間を与えられちゃいないのさ。


俺もまた、同じ。

そうした結論に至れたのも。

Siriusがいてくれたからだと思うと、頬が緩んでしまうよ。


死骸をぜーんぶ平らげて、そっくり思考の術を学んで、ようやくたどり着いた。

路傍の石に過ぎないと、ようやく悟れた。



「済まぬ…お前の咎を掘り起こして、(なじ)ることをして。」


「全て、(わざ)と、だ。」


そう言って破顔するFenrirは、俺に皮肉を浴びせかけて激昂してくれるのを期待する、いつもの彼のやり口だ。

付き合っては、断じてならない。

こうやって尻尾を振って、とっても嬉しそうにするから。


「うぅ…う゛っ…うぁぁっ……」


悔しかった。

致命傷を負った獲物のように、ただ呻き泣き叫ぶだけでいるのが。


「フェッ…ンッ…リル…ウゥゥゥゥゥッ……」


右手を、弱弱しく伸ばすので精いっぱいであるものか。

これじゃあ、本当に、Fenrirの思い通りになってしまう。

そんなこと、あって堪るか。


「諦めちゃ…あぁ……駄目だ、ぁ…」


「……。」


彼は、徐に饒舌な口を閉じ、俺からゆっくりと視線を逸らす。


警戒でありながら、一切の敵意が無いことの表意。

しっかりと見据えてから、横顔を晒す所作は、いつ見ても礼儀正しいと思う。



Fenrirは、ゆっくりと歩み寄って来た。

俯せになって何とか這おうと藻掻く俺のことを、悲し気な表情で見降ろす。


そして…


「Fenrir…な、何…を…?」


ペキュッ…


「……っ!?あぎゃぁぁっ……!?」


右脚に、耐え難い鈍痛が走った。

何のことは無い。彼がその前脚を、俺の膝の辺りに乗せたのだ。

間接に張られた腱が剥がれ、骨が圧し折られる音が嫌に耳にこびり付く。


「あ゛あ゛あ゛あ゛っ…!……うあ゛あ゛あ゛あ゛……!!」


びくん、びくんと身体が勝手に反り、床を掴む手の爪が剥がれる。

彼が体重をかけるのに余りに躊躇が無いせいで、俺は本気でこれを今までの報復だと思う所だった。


「い゛ぎゃぃっ…!い、いぃっ……!!」


「これで、お前が境界に触れて、真っ二つにされる心配は無くなったな。」


「教訓は無駄にせず、前向きに活かさなくては。」


せめてもの、俺を嫌って、忘れてくれるようにとの餞別だ。


安心しろ、捥げてはいないから。

またすぐ歩けるようになるさ。



皮肉では片付かない痛烈な台詞を吐き捨てると、

狼の悪役らしい不敵な笑いだけが、虚しく洞穴に木魂した。




「さて…時に、我が友よ。」


彼は焚火の火種も同じように踏みしだくと、洞穴の明かりを消した。


「この洞穴は、酷い腐臭が漂っているのだが…お前には分からぬだろうか。」


「……?」


結局、人間と狼の嗅覚の差について、詳しく知ることは叶わなかったな。

ちょっと残念だ。そういう違いについて、夜通し語り合ってみる章があっても良かったなと思う次第だ。


もう、俺の顔の高さでも、酷い臭いがしているのだがな。

もしかすると、お前にはある種の異変が起きていて、そのせいで何も感じていないだけなのかも知れない。

なので、教えてやるとしよう。


「洞穴の床一面には、俺が吐き洩らしたガスが充満している。」


「…っ!?」


俺がいつも、寒がりなお前に火を焚いてやっているあれの原理を、げっぷのようなものに点火しているのだと説明したのを覚えているだろうか。

ちょうどそうだ、竜の類が吹く火炎放射のように。

怪物らしい才気であるとは、思わないか。


「これは、そう…’爆発限界’ のテストのつもりだ。」


いつも火を噴くときに、微妙な匙加減を操っているから、分かるのだ。

あんまりガスの濃度を上げると、ボンっと音を立てて、空中でちいさな爆発を起こす。

だから吹き込む空気と、燃焼のタイミングが重要になってくる。


今回は、規模が大きいからな。

少し目を離していたから、危なかったが、これで境界付近が分かった。


この焚火の火力を、あと少し上げるだけだ。

それから薪を口に咥えて、放り投げたなら。


いびきの五月蠅いお前を洞穴から追い出すのに使った文字が消し飛んで、天井に残った模様と共に。

この洞穴は爆発し、崩落するだろう。


「……。」




負け犬らしい、最期の抵抗をな。

できるだけ、巻き込んで、惨たらしく爆散する所存だ。




「…それで、俺はヘルヘイムに足を踏み入れるのを、諦めようと思う。」




「……!?な、んだ……って…!?」


もう揺るぐまいと導いた結論を…覆えすことになろうとはな。


…いいや、初めから、変わらなかったのか。


やっと、分ったんだ。

俺は、群れに加わるのに、相応しくないってな。

人間の世界に住むことが出来なかったのでは無かったんだ。

俺は、狼としてなら、ようやく溶け込めると。

受け入れてもらう共同体を選び損ねただけなのだ、と、そんな幻想を抱いていただけだっただのだ。

俺は、一匹で、いなくちゃならない。


誰のことも、幸せには出来ない。



だから、せめてSiriusと、その群れからは、離れて暮らそうと思う。


それが叶わないことも、今度こそない。

誰の邪魔も入らない。


此処だけは、俺が幸せな夢に微睡むのを許してくれた寝床だから。


最期は、此処で眠りに伏したい。



とても不安だ。

ちゃんと、彼女は、俺のことを拾い上げてくれるかな。

オーロラの上は、爪を立てても滑るだろうか。

それだけが憂慮すべき専らの話題になりそうなのだ。




Teus。

お前は、どんな風に死ぬのだ。




縁起でもないが、(まつ)()であるから、興味が湧くぞ。




藁の上で眠り、寝返りを打った拍子に、息を引き取るのか?

それとも、戦場に突き立てられた槍に心臓を穿たれ、自重で深々と貫くのかもな。


どちらに向って欲しいと、願うつもりは無い。

だがもし。


もしも、もう一度神様が笑ってくれて。



俺とお前が、もう一度領界を挟んで隣り合って暮らすことを、許して貰える世界なら。


俺が勇気を出して…

今度は、お前の元へ、遊びに行こうと思う。




手土産は、何が良いだろう?


お前が死ぬまでの、たっぷりとした時間の中で。


ああでもない、こうでもないと、


楽しい難題に、頭を悩ませるとしよう。







「……時間のようだ。」



岩肌を這う白いルーン文字が、霞を失った二日月が如く輝きを増す。

やはりこの狼は、天才という言葉さえ口惜しい。

どうやら彼は、一つのスペルミスも無く、本当に転送の儀を完成させてしまったのだ。




「それじゃあな。Teus。」




「ありがとう。」




「俺の元へ来てくれたのが、お前で良かった。」





そう告白して笑うと。




俺の叫び声が、狼の耳に届く前に。




目の前から、世界から、




俺の友達は、




消えた。







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