141. 予期された運命 2
141. We knew that we were destined to 2
そうであるとも。
こうなることは、当然、予見できていた。
神々が忌み仔をやがて怪物と成り果てると予言するように、このような事態を、俺は容易く見通すことが出来たのだ。
だから、先手を打たせて貰った、それだけのこと。
おお、どうか我が存在を賢狼と称えるな。
こそばゆくて堪らぬ。Siriusの前では、誇らしげな響きさえ、どうにも滑稽で霞む。
Teus。友達だから、当然のことだ。
常日頃から、お前のことを気にかけていた。
いつまで経っても、お前の日常に平穏が訪れないこと。
気が休まらずに疲弊していく様を眺めているだけ、それがもどかしくて、居た堪れなかった。
どうしたら、あの忌々しい義兄弟との因縁から解き放ってやれるか。
この鉄の森に閉ざされた俺から、終止符を打つための、何らかのアプローチが出来ないだろうか、と。
事の発端は昨冬に遡る。
もっと、早く気づくことも出来たのだろうが、悔いても仕方が無いよな。
発想のきっかけは、そう…
あいつの、異能の発芽を知らされた時だ。
Lokiは、俺の父さんは。
嘗てのお前と同じ才覚に目覚めさせられた。
そうだな?
世界を歩く力。
その一端を垣間見たのだ。
身も青く染まるような冬だったな。
Lokiの息がかかったヴァナヘイムの人間たちのせいで、お前は長老によって表向きは受け入れられつつも、陰では常に付き纏われ、命を狙われる存在だった。
護衛としての役目をSkaが買ってくれていなかったら、お前はとうの昔に死んでいたことだろうよ。
だが、越冬を終えるまでの辛抱だと思った。村の内外を俺たちがしっかりと見張りさえすれば、
お前はFreyaとの結婚を経て、正式にアースガルズの血統から距離を置くことが出来る。
しかし、そんな期待を踏み躙るだけの悪知恵が、あいつに味方したのだったな。
危うくお前と、大事な狼の親友を失う所だった。
お前は転送の罠に嵌り、ヴァン神族はおろか、俺でさえ決して辿り着くことの出来ない僻地へと誘われた。
狼と共に追放された都市、ヴェズーヴァだ。
俺は結局、お前たちに、何もしてやれなかった。
それどころか…
兎に角、その窮地から脱したのは、お前自身の奇跡だ。
ああ、お前は嘗て振り翳した力を、まだその右手に秘めている。
その、力について。
一度、ブリザードから身を隠すのに、洞穴で籠ったとき、話してくれたのだった。
力の種類。
それが三つあると教えてくれた。
一つは、対象の人や物を、目的地へ送り届ける力。
転送と呼び。
もう一つは、術者の目の前に、人や物を、呼び寄せる力。
召喚と呼んだ。
そして、最後の一つは、
それらの、言わば止揚。
自らを、今立つ地平から、別の地平へ移動させる。
選ばれた才能は、その地平を、並行しない世界へ広げるのだ。
それがどれだけ、お前を苦しめたであろうか。
きっと俺には、理解できなくて。
友達であることを諦めてしまいそうになる。
ただ、一つ言えることはこうだ。
きっと嫌な気分だろうが、確かなのだな?
お前と、同じ力を、Lokiは手に入れた。
どうしたって、断ち切れない血の流れだ。
そうでなくたって、捨てられたって。
あいつは俺の大好きだった父親だ。
当然のこと、と、未だに片付けてしまいたくなる。
俺は、小さい頃、父さんみたいになりたいとねがって尻尾を揺らしていた。
そして、今、本当に同じことが出来るのでは、と。
「どうだろう、見様見真似であるのだが…」
Fenrirはおずおずと笑いかけると、初めての超大作を披露した子供のように、すぐに緊張した面持ちに戻った。
「…出来栄えは如何なものか。」
見上げると、洞穴の天上がうすぼんやりと照らされ、糸を結び終えた星座のように幾筋かの光を淡く放っている。
「あぁっ……あっ、ああ……」
ルーン文字だ。
いつの間に、こ、こんなこと…
器用に爪で引っ掻いて、達筆に彫られている。
それがびっちりと、岩壁を伝い、床まで刻みつくされていたのだ。
そして、俺の周囲には、幾重にも巻かれた魔法陣。
「うあぁっ……あぁっ……ああああっっ……」
その内容は、瞬時に理解できた。
嗚咽が、喉を食い破れずに詰まる。
「ば、ばかぁっ……やめ、ろっ……うあぁっ……うあ゛あ゛あ゛あ゛……」
ああ、許してくれ。
狡猾に利用させられたと、思うよな。
野心があったのでは、決してないのだ。
ただ、お前が余りにもひけらかすことなく、その御業を披露するものだから。
羨ましいと思ったことは、一度も無い。
奇跡だとさえ思った。
だから俺はかえって、その本質に触れることが躊躇われて、寧ろ覗き見たくなってしまった。
その真似事を、これからお前に披露しようと思うと。
不遜であって、心から恥じ入る次第だ。
どうか、至らない点を嗤って欲しい。
愚かであると、諫めるべきだ。
これは、俺がして良いことではない。
しかし、Teus。
こうして、俺の思った通りになったのだ。
非力な主人公が、描いた通りに。外側から捻じ曲げられた。
だからこれは、今までと変わらず、不幸と呼ぶべきものだ。
運に魅入られたお前とはまた違った祝福を、俺も或いは受けているのかも知れない。
我が友よ。
ようやく願いは成就し、計画は完成する。
こうして、立場は逆転した。
お前が意志を継ぐと誓った狼の友が、
俺がそのものになると覚悟した狼を追放した。
その構図の、逆さだ。
「今度は、俺がお前を、この世界から追放する。」
Teus。
お前は帰るべきだ。
ここに居て良い存在ではない。
お前は、ヴェズーヴァで暮らすのだ。
此処は、藁の上の死を迎えることを選んだ、赤い灰の国。
お前のような神様が、訪れて、幸せに暮らして良い土地ではない。
うまく行くと願ってくれ。
実は…まだテストしていない。
才能にかまけすぎだよな。
けれど、正直俺は、お前よりも術式の記述には長けている自負がある。
図書館を此方に寄越してくれたときの魔法陣は、全て視覚的に焼き付けてあるのだ。
拾い読みした書物の内容も、全て頭の中に入っている。
それらのお陰で、お前がやっていることが、何となくだが、理解できた。
だから、既成のそれをちょっと書き換えて、こうして実装してみたという訳だ。
ヴァン川の対岸に転送できるよう、記してある。
お前が寄贈してくれた神立魔法図書館のレプリカに、飛ばされるはずだ。
ちょっと誇らしげにしていると思うかも知れない。
だが、実際にやってみると、格段に難しいと痛感させられる。
結論、所詮は凡才であったと気づかされた。
思うに俺は、TeusやLokiほど、この手の力に秀でてはいないらしい。
タイプとしては、‘転送’に当たるのだな。
それで、精いっぱい。
「フェッ…ンッ…リルゥ……」
「だめっ……だっ……あぁっ……やだぁっ……!」
「わ、わかっ……てる、の…かぁっ……?」
勿論であるとも。
定義は、明瞭に宣言されている。
俺は間違えたりしない。
これで飛ぶことができるのは、
お前だけだ。
俺は、自分自身の移動を命令できない。
此処から、一歩も動くことは出来ないんだ。