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141. 予期された運命

141. We knew that we were destined to


「うぎゃぁっ……!?」


ようやく二人きりになれたと思った途端にこれだ。


四つ脚とは思えぬほどの歩みでどうにか入り口まで辿り着くと、俺は突如として背中を強く殴りつけられ、洞穴の奥へと吹き飛ばされたのだ。


「ふぐっ……」

肺を圧迫され、変な声が出る。

顔面から岩肌に突っ込み、下半身が反って浮くほどの勢いで、暫く地面を滑る。


「あ、ああ……。」

ショックと痛みで、動けなかった。

腕を突っ張って上体を起こすことも、血の滲んだ額に手をやることも出来ない。


俺は暗がりに目を凝らして、手痛い一撃を喰らわせた主を振り返った。


Fenrirがまだ、そんな余力を残していたことに驚きを隠せなかった。

幹のように思い四肢を操り、毅然とした足取りでこちらに向かってくる。

ぴんぴんしてるとまでは行かなかったが、周囲の狼たちを欺くための演技も多少は、含まれていたということだろうか。


狼の足元は、甘ったるい空気で淀んでいた。

酷い腐臭がする。嘔吐の直前の、あの口元がぴりぴりと痺れる感じがした。


彼の表情はフードを深く被ったように読み取れない。

いいや、押し殺しているのだと思った。


牙を口にしまい込み、尻尾をその外套の内側に隠していても。

喩え君と自分が、相思相愛で無かったとしても。


明らかなことだった。




俺…今からFenrirに喰い殺されるんだ。




吐き気がする。



死にたくない…訳じゃない。

内なる声は、ようやくお前が望んだ死がやって来るぞと嘲る。


だが受け入れた結末であったとしても、裏切られた気分だったのだ。

こんなに惨たらしい結末があって良いのだろうか。

余りにも、理不尽過ぎる。

目の端に、涙が滲んで沁みる。

俺が神様でなかったら、天に向かってそう口汚く罵っていたところだ。



どうやって、俺はFenrirのことを待ち受けていれば良いんだろう。


聞いておけば良かった。

君は、俺がこの森に足を踏み入れた時に、

ようやく自分のことを殺してくれる神様が現れたと喜んでいたよね。


どんな心持ちで、転寝をしていたの?

何を考えながら、能天気な俺の会話を聞き流していたんだい?


俺が、君の期待に沿えない存在であると悟ったとき、

君は、どれだけ落胆したの?


立場を入れ違えた今、俺は心の底から、彼の禁忌に触れることを怖がって、見て見ぬふりをしていたことを悔いた。

けれども、もう遅いのだろう。


俺たちは、同じことを繰り返す。

彼はあの時、Siriusにも、同じことを聞きそびれたに違いないのだろう。




「そう震えるな。」


「……すぐに終わるさ。」




存外に、朗らかな声が響いた。

彼が明るく話しかけようと努めている、このぎこちない感じが懐かしい。


そう?

それじゃあ、よろしくね。

あんまり、痛くて苦しまないように。

俺も、できるだけじっとしているよう、頑張るからさ…

食べ応えは無いと思うけど。

喰い殺すにしたって、ほんの、二口か三口ぐらいだろ?


ああ、でも丸呑みは勘弁。

君の胃袋で余生を過ごすのは、流石に消化不良ってやつだよ。


俺はきちんと、あの大狼みたいに、君の糧になっ…て…


「うっ…うぅ……うぁぁ……」


なんて、言えると思うかい?




「あ゛あ゛っ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」




「ふぇんりるぅぅっ……うあ゛あ゛あ゛あ゛っ……」




「ごめんっなさっいぃ……」




「ごめんなさいぃぃ……」




虚ろな泣き声が、洞穴に響きわたる。

せめて、淡白に終わるよう、これ以上、Fenrirの心を揺さぶるような言動は慎まなくてはならなかったのに。


また俺は、我が儘に泣き喚いて。

大事な友達のことを困らせてしまっているんだ。


君が耳を垂らして、しょげ返ってしまっているのが分かる。

自分のせいだと、思っているのだ。


身を食い千切られるよりも辛いのは、分かっているつもりなのに。

ようやく心を鬼にする覚悟が出来た彼に、俺は状に訴えることをしてしまったのだ。




せめて、ありがとうと、伝えてあげれば。


君も、笑ってくれたのかな。




立ち止まった。

もうこれ以上、近づけなかったのだ。


「……。」

Fenrirは、耳をぐるりと回して、入り口の方を気にする素振りを見せる。




「まあ、その…なんだ。」


「しめやかに済ませるつもりだったが…」


「伝えておいても、悪くないと思ってな…」



俺は、やっぱりお前といがみ合うのが好きだ。

人間の言葉を使っていて、とても楽しいと感じる。

こんなこと、アースガルズでは無かった。

読書という対話でも、空想の中の友達でも、

この心の揺らめきは得られなかった。



「どうだ。火でも焚いてみるとしようか。」

お前は震えている。寒そうだな。

今からお前の傍らに座って戸愚呂を巻き、

温めてやりたい欲求に負けそうだ。

そうしたら顔をも合わせず、心の底から、語り合えるような気もする。



彼は恐らく旅立ちの直前に使っていたと思われる、篝火の残骸に息を吹きかけた。




「しかし言ったとおり、時間は残されていないから、手短に話そうと思う。」




突如として、洞穴の内壁が、明るく映し出された。


「……なんだよ、これ……?」


身体を横たえていた、床の模様も。




「Teus。」







「ありがとう。」




「……お前を今から、追放する。」


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