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138. 灰は溢れる

138. Ashes Floods 


時間の濁流に飲み込まれたようだ。

色が無いので、目に見える流れに、そんな感想を抱く。


言うなれば、雑踏の中で立ち止まって覚えた孤独。

この地に降り立ったばかりの、欠色の群れ仲間たち。

彼らからは、人熱(いき)れの煩わしい安らぎを感じられない。


人々は膝を折って立ち尽くす俺の傍らを、不気味な程の無音で、滑るようにして通り過ぎていく。


それでいて耳の奥は、通行人の呻き声というか、囁き声の類で埋め尽くされていたのだ。

どれだけ聞き漏らさぬよう傾けても、話の内容が聞き取れない。


もし一人ひとりが俺のように、この総体に対し、このような不信感を覚えていたのだとしたら。

彼らは別の誰かに向けて呼びかけているようで、

実は全部、独り言なんじゃないか?

そう思うことさえあった。



けれども、もしその中に、偶然の顔見知りを見出したなら。



「そん、な……。」



俺たちは交差する。

霞の中、彷徨いの影は立ちどころに輪郭を覚えて身に纏うのだ。



どの一人だって、身に覚えが無いと思っていたのに。

少女が巻き散らした遺灰に従って、一斉に溢れ出したと言うことは。

その最小の共通項として、確かに言えることがある。


俺は、間接的に彼らの命を奪い取っているのだ。


こうやって握りしめている拳銃の先端を向けたのでは無いのだ。

直接、剣や斧を交えて殺めたのであれば、彼らは此処にいるはずが無い。

それは戦場で起きたことであって、それ故理由もなく合意のあったことだからだ。


だけど俺が、それを億劫がってしまったから。

戦争の犠牲者を、正しく選ぼうとしなかった。


均衡の崩壊の契機を、

無抵抗な民の大量死で、代えさせてしまった。


全員、俺がヘルヘイムに堕としたのだ。




どうだろう。

犠牲者を正しく選べたなら、

俺はずっと、間違った神様で居続けることができただろうか。




「リフィア…」




ただ一人、君だけは生きているように見える。

見える、じゃなくて、そうなんだね。


貴女は、あの狼のように。


蘇ったんだ。





二度も殺した貴女は、何故まだ、こんな俺に向って微笑むんだい?


ひょっとして、君は俺のこと、未だに戦地から無事帰って来た最愛の夫だと勘違いしているのかな?


あのラム酒に毒を混ぜたのは、紛れもなく目の前にいる行商人だよ。


君の後を追う為、必死だった。

浴びるように、飲んだけど。遂に凍り付いた窓辺を溶かすことは、叶わなかった。


…知っていたのかい?

だとしたら、とんだお人好しだよ。

ひょっとしたら、僕らは本当に気が合うのかも知れないね。


それとも、自分の心の埋め合わせのために、そう言い聞かせているだけなのかな?


別に、いいと思うよ。

俺も似たような渇きを、君の中に求めていたような気がするから。

君が望んだように、俺は最期の数秒を演じきったつもりだ。


でも、その続きが、貴方のこれからの人生に必要だと言うのなら。


「シリキ……」







「ごめん。」


俺は銃口を、向けなくてはならない。




「むぐっ……むぁ……」




とんでもない。

君の胸を撃ち抜くなんて、

そんな過ち、二度も犯すものか。




あの狼が予言した通りだなあ。

耐えられそうにないや。


この世界に君がいると考えただけで。


俺は…地下の底へと、代わりに逃げ出してしまいたいんだ。


「ごめんね。」


こんな風になると思っていなかった。

まさか、君が、待ちきれずに、こっちへ来ちゃうだなんてさ。


一生を終えたら、君をきちんと償おうと決めていたから。

心の準備が、出来ていないよ。


どうしたら、良いんだい?

もう、分からないよ。

そんなときは、いつも咄嗟の気持ちに従うと決めている。



「ぐぇ…ぇ……」


口に咥えた銃口が、喉の奥へと突き刺さる。




これで…



これで、




無抵抗に、終わる。







目を瞑ったほうが、躊躇いが無いと思って。

最期に俺は彼女の顔を焼き付けた。


この武器のせいで、どうしようもないけれど。

精一杯今は笑って、




「あり、がとう……!!」




カチンッ……




引き金を、引いた。




……?




カチンッ……カチッ……カチン…!




「なんで、なんでだよぉっ……!!」


運が悪すぎる。

どうして、こんな時に弾詰まる(ジャムる)んだ。



「あがぁっ……うがぁっ……がぁああっ……!!」


そうすれば発砲が促されるとでも言うように、俺は銃身をぐいぐいと喉の奥へ押し込んでいく。


まるでFenrirだ。

牙を首元に突き立てるが如く、狂って躊躇いが無い。



「うぅ……うっ!?うげぇぇっ……ぐぇっ……げっぇほっ……!」



余りに深くまで勢いよく入れたせいで、俺は強烈な吐き気に抗えず、

四つん這いになって咳き込んだ。


「ぇはぁっ……はぁっ……あ゛っ…う、うぅ……」




「駄目だ……。」




ごぽごぽと音を立てて垂れる己の血反吐さえも、

同心円の模様を広げ、白濁して見える。




「…ねない……。」




もう、俺は完成していて。

この世界に生きていちゃならないのに。




「死ねないよぉ…」




こんなに、苦しかったのかい?




「……rir…」




俺は、君を生かすことを、




これでもまだ、本気で後悔していないと言えるの?











自問に答えようと、口を開いたその時。




「待たせて、済まなかったな。」




あの大狼は、俺が命に代えて救うと決めた友達は。




「迎えに来たぞ。」




俺の頬に、優しく自分の毛皮を押し当てたのだ。




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