137. 微笑みの際
137. Smiling Down
“主よ、我が狼よ。
どのような心持ちであろうな。
我は、本当に、其方をこの群れに引き入れたかった。
自慢の家族であるのだ。
美しい其方のように。我が居らずとも、助け合って、庇い合って、立派にこの森で生きるだろう。
済まなかった。
彼らの無礼な真似を、止められなかった。
我が一喝さえすれば、此奴らは尻尾を股の後ろに隠して慄くと思っておった。
まさか言うことを聞かぬとは。
我が仔らを護って、戦えぬようでは当然か?
所詮は、我も形ばかりの王であったという訳だな。
率直に言って、戸惑いを隠せぬ。
あんなに激昂している彼らを、初めて見たから。
だが、我が心を砕いて、主が我の迎えるべき真の狼であると語ったなら。
彼らは、きっと受け入れてくれる。
結束の力は強い。それ故心を開くことは、難しいことだろう。
けれども…諦めとうないのだ。
主があの人間との友情を育んだこと、間違いだとは思わぬ。
我もまた、同じ過ちを犯した身であることを笑うが良い。
しかし、主よ。
どうだ。
最期に傍らにいてくれるのは。
やはり、狼であったのだ。
ダイラスは、何処かへ行ってしもうた。
あの日を皮切りに、彼奴は我の前から、姿を消した。
ようやく見つけたと思ったのも、束の間。
ヘルヘイムからさえ、逃げ出してしまったとは。
いつもそうだ。神という奴は、我よりも遥かに高い視座から世界を見据えて。
それがどんな風に見えるかも語らず、一人で飛び去ってしまう。
これから何千年、何万年と地獄の門を見守るだろう。
しかし幾ら待っても、もう我に逢いに来てくれる物好きは、現れぬのだ。
どうだろう。
その門の前に佇む、放浪の狼よ。
我は、其方の目的を、此処で遂げさせてやる決心がついた。
無理やりにでも、主を傍らに置きたい。
一生よりも長い時間で、償って足りぬだろう。
いっぱい、話をしよう。道草を、沢山するのだ。
そうやって、我は主を、我が狼と呼びたいのだ。
我らは、主の友となろう。“
“Sirius……”
“ありがとう。”
ありがとう。
俺は、ずっと。
それが…願いでした。
最期に傍らにいるのは、
ええ、私です。
必ず、向かいますとも。
招集に、今度こそ応えて見せる。
一番夜空に長く響く遠吠えを、
どうか聞き漏らさないで。
その時を最期に、
俺は受け入れることを約束する。
「でもね、Sirius。」
「ごめんなさい…やっぱり今は、お断りさせてください。」
“Fen…rir……?”
「一つだけ、」
さあ、笑って。
時間が無いから、めそめそと泣いている暇はないぞ。
尻尾を振って、笑うのだ。
諦めない。
「あと一つだけ。
やり残したことが在るんだ。」