136. 吠え群れの復活 3
136. Howlpack Resurgence 3
ああ、何と言うことだ。
どいつもこいつも、誰一匹として、見知らぬという気がしないじゃないか。
みんな、俺が憧れ、いつか仲間となれると信じてきた顔ぶれだった。
あまり君たちとは自分から接して来なかっただけというのもあるが。
今まで隠してきただけだったと言うのだな。
まるで羊の皮を剥ぎ取って被り、牙をその口にしまい込むよう、自然と。
俺はこの日が来ることを予感しつつ、だらだらと免れていた。
何処かで、似たような風景に打ち拉がれ、
全身の抗い難い脱力に従うよう、囁かれた気がしている。
記憶を辿れば、なるほど。
これは、俺がアースガルズで、追放の判決を下された日に似ていたのだ。
“た、頼む…お願いだっ…”
初めは、この相互の誤解を解くのに必死だった。
“皆、眼を醒まして…”
俺は無害な人間の内の一人であり、大好きな父さんと母さんの息子であり、
それ故、当然割り振られるであろう愛情が、未だに自分を救わない現実に対して異議を唱え続けていたのだ。
一匹いっぴきを相手取ることを、俺は何とも思わない。
複数ともなれば、歓迎して頬が緩むのを隠し通すのに苦労させられると思った。
だって、あのちっぽけで歩くのさえ頭の重さで儘ならないお前たちが、こんなに立派にじゃれあってくるだなんて。
俺はSkaの苦労を少しも知らない赤の他狼だが、感慨深さといったら無いのだ。
叫んで、転げ回っても良いか?
おお、お前たち。大きくなったなあ、と。
しかし今、俺は別の意味で彼らを対処することに苦心させられていたのだ。
“グルルルルゥゥゥゥッ……!!”
“うっ…!?”
依然として、容易いと口遊んでおこう。
もし、お前たちを本気で踏み潰す度胸が俺に在れば、の話だが。
彼らが、そう、毛皮の無い肉塊か何かのように、俺の眼に映っていたなら。
きっと未だ、Teusを傍らに待機させながら、英雄のお供を演じることに夢中になっていたことだろう。
中々、燃えるじゃないか。
満身創痍ながらも、戦場を一匹で保たせているんだぞ。
最期の死に方には沿わないから、少しも力尽きるつもりが無いのが良い。
俺はぼろぼろになったふりをしながら、ただこの神様への恩返しの場を盛り上げる手段を択ばずにいられた。
それが、今となってはどうだ。
こいつらを肉球でうっかり踏みつけたらと思うと、あらゆるステップが迷いで満ちる。
その隙を逃すようでは、狩りも立ち行かない。
迷わぬことを、彼らは既に決めていた。
“はぁっ……はぁっ……くっ…そぉっ…!!”
流石の連携を披露してくれる狼たちに、
俺は逃げ惑う道を封じられつつあったのだ。
果敢に急所へ飛び掛かる彼らを避けきれぬとなれば、流石に前足で弾き、或いは口を閉じたままの鼻先で叩くしかない。
“きゃううぅ…!!”
だが、そうして地面に叩き伏せられた彼らの甲高い叫び声を耳にするたびに。
“あっ……あぁ……”
俺は、心を摘まれて、今にも折れそうだ。
こんな気持ちで、貴方は牙を剥くちっぽけな私と戦っていたのですか?
もう、無理です。
耐えられる気がしません。
“……。”
犠牲となった一匹に、眼が釘付けになる。
そいつは打ち所が悪かったのか、四肢をぴくぴくと痙攣させて、起き上がってくれないのだ。
“そ、そんな……”
両手に携えた剣を落とすように。
俺は首と尻尾をだらりと垂らす。
彼らと戦っては、ならない。
俺は今、此処でようやく悟ったのだ。
無抵抗に、死を受け入れるとは。
このような心持ちですべてを受け入れることであると。
勝っちゃ駄目なんだ。
もっとはっきりと譲るなら、こうだ。
‘負け’ なくてはならない。
俺がこの場で、狼の群れに屈し。
Siriusの意志を継ぐため蘇った、彼らが生きる意味を肯定してやろう。
それが、俺が愛した狼みんなの幸せであるのならば。
俺は、それが自分の狼からの追放として、受け入れても良いだろう。
俺が、人間であること、神様の仔であることを否定された、あの日のように。
あの二人が、自分の子供を愛さないと、行動で示してくれたように。
この群れは、俺を群れの内の一匹に当然振り撒いてやれる愛情の一つも向けず。
代わりに、ボスをこんなになるまで痛めつけた裏切り者へ、当然の報復を喰らわせてやる。
それを、受け入れなくてはならないと思っている。
此処で、最期の力を振り絞って。
彼らを雑魚扱いして、何匹かの犠牲を伴わせることは。
筋書に対して、余りにも無粋であるのだ。
違うか?
皆、目を光らせている。
群れの長のため、彼らが楽園のため。
活き活きと、俺と戦うことを選んでいる。
無下には出来ない。
良いか?
抵抗しては、ならないんだ。
“う゛うっ…!?”
視界を外れた右の腿に、激痛が走る。
“ヴウウウゥッ……”
一瞬の躊躇も無いとはな。
仇討ちとは、けっこうだ。
ぐちゅっ…がぶっ…びゅぐっ…
一匹の反撃が功を奏したと見るや、狼の群れは、次々と大狼の毛皮を目掛けて飛びつき、齧り付く。
“あ゛あ゛っ…!?あ、あ゛ぎゃあっ…!!”
俺は、体勢を崩しかけてよろけた。
重たいのだ。
まるで幾多もの狼を身体の内に縫い合わせたように。
何匹も、纏わりついて、離れない。
或いは、仔狼に喰い殺される苦しみを、一挙に味わっているとも言えるだろうか。
その方が、痛みとして温いだろう。
これを、一つ一つに切り分けて、じっくりと味わうなんて。
怖くて、想像もしたくない。
ならば、受け入れるべきだ。
無抵抗に。
俺は、貴方が感じて来た苦しみに寄り添う為に、
こうして死ぬことを目的に見据えてきたのだ。
そうでは、なかったか?
“ひゅぅぅっ……ひゅぅぅ……”
喉笛に牙を剥いた奴がいるな。
大した度胸だ。
見込みがあるぞ。
将来、立派な狩りの主役を務めるだろう。
残さず、喰えよ。
そうしたらきっと、
大きくなれる。
“……。”
それでも、俺はまだ。
信じているのだろうか。
“…けてぇっ……”
誰か、誰かが。
“すっ……て…ぇ…”
俺に、救いの手を差し伸べるような。
“……”
物語の続きを。
“やめろおおおおおおおおっっーーーーー!!”
ドチャァ……
膝を折って、
完膚なきまでに、狩り尽くされて。
俺はSiriusの前へと、倒れ込む。
“この狼は…!!この狼はぁっ……あぁっ……!!”
“其方ら…この狼に、手を、出す、なぁっ…!!”
“聞こえぬかっ……離れろと言っておるのだぁっ……!!”
Siriusもまた、這うようにして、俺の鼻先に触れようと近づく。
“誰一匹とて、もう、殺させはせぬぞ……!!”
そこで、意識は遠くなる。
“Siri…u…s…”