133. 芽生えの拒絶 3
133. But I won’t let this build up inside of me 3
「ここで、終わっても良い……」
ひゅー…ひゅーと、喉の隙間から息が漏れる。
「本気で、そう思っている、はずなんだ…」
致命傷を免れようと喘いだのは、俺の意志である。
そのことを認められずに、俺は朦朧とした意識の中で弁明の機会を求めた。
思い返せば、いつもそうだった。
あの洞穴の中で、貴方の牙が取り返しのつかない深さまで喰い込むのを、幾度となく感じていたのだ。
これ以上の努力は必要とされない、そう安堵に包まれるほど、しっかりと。
繰り返し、繰り返し。
その時点で駄目だ。
だって、目的を達せられていないのだから。
己の怠惰が故に、酷く苦しい思いをして未遂に終わるだけ。
また元気を取り戻すまでに、とても時間がかかる。
やってやるぞと意気込むのにも、結構な余裕が必要なのだ。
そして、生の素晴らしさなんかに目を輝かせて、暫く浮かれてから。
すとんと感情の起伏の凹みに嵌って、また同じことを繰り返す。
懐かしいなあ。
あの頃の私は、正しかったのだ。
俺は貴方の傍らに寄り添う為の手段を、的確に言い当ててしまっていたのだ。
やっぱり、天才だったのかな。
人間として認められていたなら、Teusの言う通り、神童と持て囃されていたのかも。
そう、貴方の牙に、首元を貫かれるだけで良いと。
あの時既に、答えを見つけ出せていた。
それこそが、餓死や病死よりも早く、藁の上の死を遂げられる画期的かつ合理的な最期。
才気に、満ちていた。
狼としても、人間としても。
だから足りないのは、意志、だけだった。
そのせいで、こんなにも、ずるずると、尻尾に悔恨を結び付けて、引き摺り歩いてきた。
それも今日では終わらないとなっては…
「間に合いません、ね……」
もう、手段として咲かせてきた生は尽きてしまう。
本当に怠惰で、自分のことが大好きな俺だった。
まさか、戦場で死に逝きそうで、しかもそれすら拒むだなんて。
確かにお前の言う通りだ。
貴方によって、目的を全うすることは…もう出来そうにありません。
「だがそれは、お前とて同じこと。」
“何ィ……?”
「お前の、手段としての生も、此処で終わるのさ。」
言ったはずだ。
俺は、寄生済みである、と。
「出ていけ。」
「その身体は…」
「’我が狼’ のものだ。」
“……?”
「返せっ…!!」
「返せよおぉっ…!!」
お願いです。Sirius……
戻ってきて、下さい。
もう、貴方のことを困らせたりしませんから。
ちゃんと群れの仲間の内の一匹として支えられるよう、良い仔にしていますから。
どうか、また私の目の前から、姿を消し去らないで。
私の狂いを、貴方が掬い上げるなんて、思いもしなかった。
そんなことをしてまで、この獣の下らぬ決意を止めようとするおつもりですか?
本当に貴方は、優しい狼だ。
どうかやめてください。
私は、貴方が貴方でいられないことに、耐えられない。
それだけは…どうか。
「此処で俺がどうなろうとっ……!!」
“うっ……!?”
首筋で焼け焦げた百足の群れが、熱を持って腫れあがる。
残党のお出迎えが出来て、嬉しそうだな。
「俺が己の内に取り込みたいと考えていたのは、お前ではないのだ。」
けれど、この時を逃すわけには行かない。
必ず我々は、反復を繰り返す。
表層に現れたお前の毛皮を、今度こそ剥ぎ取ってやるぞ。
「言っただろう?俺はこいつらに、好かれているんだ…」
“貴様アァッ……!!”
ようやく自分が罠に嵌められていたことを悟った狼は、血の混じった唾を飛ばして怒鳴り、憎々し気に俺のことを睨みつける。
そうとも、お前は誘き出されていたんだよ。
この瞬間の為に隙を晒して、致命傷を負ったのだ。
それに気が付かないとは、Siriusを乗っ取る資格が、無いんじゃないのか?
「切り離そうとしたって、無駄、だ…!」
“バ、バカヤロウッ……!!”
爪を抜き取ろうと前脚を持ち上げる彼の動きを察知し、寧ろ顔を近づける愚行に走る。
ぐりぐりと頭蓋を締め付けるような激痛に、勝手に口が開いて、絞り出されるように涎が垂れた。
「もう、手遅れだ。」
“ヴウウウゥッ……!!”
俺達は殆ど同時に、傷口が疼く不快さに視線を険しくする。
額を垂れる水っぽい血の上を滑って、彼の突き立てた前脚の隙間から。
縫い目が、流れ込んだ。
「ひぎゃあああっぁっぁぁぁぁぁっ…!!」
その悲鳴が自分のものとも分からぬほどの激痛に、意識が飛びそうになる。
ぱっくりと割れたのだ。
右の瞼の上あたりに、もう一つの眼が開いたよう。
それと同時に、Garmの爪先に入っていた力が抜けるのを感じた。
壁を擦るように、ずるずると俺の毛皮を引き裂きながら、地面へ垂れていく。
ドサァッ……
Siriusは、体勢を自ら崩したのだ。
「……。」
「そこに、隠れていたのですね。」
道理で、見つからない訳だ。
首元の下に隠れているとばかり考えていたのですが。
私の牙から最も遠い位置に、核を置いておきたいと思うのは。
決して尻尾を巻いて逃げるつもりがない、如何にもあの番狼らしい。
彼は、右後脚を失った。
腿の毛皮が濃い部分。
そこに、最後の百足の輪を、隠してあった。
だから、それが取れて、彼は忽ち立てなくなったのだ。
そうして見降ろされているのが、信じられないという顔ですね。
何故自分が平衡感覚を保てないのかにも、気づいていない様子だ。
いえ、今は、喜ばしいことだと存じます。
それは目が醒めたという何よりの証拠。
「またお会いできて光栄です。」
これで、邪魔者はいなくなった。
腹の内に、閉じ込めてしまえたんだ。
貴方の代わりに、食べてしまいましたよ。
「……我ガ、狼ヨ。」