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129. 悲歎の導き 2

129. If only sorrow could build a staircase 2


互いが額を突き合わせ、表情を読み取らない距離で会話ができるのは、今の自分にとって有難いことだった。

大狼に自らの計略を打ち明ける中で、彼の頬の毛皮に、段々と自分への失望の兆候が表れるのはとても直視できないと思ったから。


「主までもが、我の行く手を遮ろうと言うのか…?」


「まさか。あり得ません。」


既に声音にありありと絶望の色が滲み出ているのを聞き取れていた俺は、即座にそれだけは違うと弁明の機会を申し出る。


「ですがSirius。私の話を、聞いてくださいますか?」


Teusと同じようにして、貴方の心を惑わすよう帰結は招きたくない。

何より私は、私の中の貴方を傷つける秘密も、術も知らないのですから。


だから、私の話を、Fenrirという狼に纏わる話だけを、させて下さい。


「……。」


“ぴぃぃー…”


優しく、甘えるような声で哭き、

深い抱擁の印として毛皮をぎゅっと押し付け、貴方の匂いを吸い込む。


もっとぎゅうっとして、ずっと目を瞑って、こうしていたい。

ぽかぽかの陽だまりで、一緒に眠っているような気分になれたのだ。


如何ですか?Sirius。

もう一度尋ねる前に離れた貴方を、ちょっぴり寂しく思います。




「良かろう。主よ……」


「好きにするがよい。」





何処か突き放すように吐き捨てられ、胸が痛い。


「ああ…ありがとう、Sirius。」


だが、これで良い。

これで良いのだ。


何故なら、結局やはり私は、貴方の期待を裏切るような真似をするから。

方々に手を尽くしたとしても。

最後には、自分の思った通りになってしまうのでしょう。




でも、言わなくちゃ。


ずっと心残りだったとは言わないけれど。

時間を巻き戻せるのなら、私はやはり、その…やり直したいのだ。



「シリウス……」



この男が、テュールと呼ばれる神が、貴方に対して言ったことは、概ね間違っていません。

その、ニブルヘイムという世界のこと。私は聞いたことさえ無かったのですが。

それが、夢の中で思い描くような、いわゆる地獄であるのですね?

あの兄弟は、自らその世界を歩くことを選ぶ意志を見せた、と。

残念ながら本当のこと、なのでしょう。

こいつが嘘を吐いていたら、私にはすぐに見破れる。

決まって笑おうと努めるからです。それさえ厳しいときは、何とも寂しそうな顔で、右眉を吊り上げて微笑む。




その二人が見守り続けてきた、ヴァナヘイムの狼の群れ。

私が直接出会った、彼らについて、証言させてください。


確かにあの事件以来、ヴァナヘイムからは、あらゆる狼が姿を消した。

しかし、彼らは人間たちに居場所を奪われたのではない。

新たな縄張りで暮らすことを選んだのだ。

信じられないかもしれませんが…あの群れは、本当に人間と共に暮らしていたのです。


そして、二人がこの世界を去った今。

隣で放出しきったように立ち尽くしている、この人間を次なる群れのリーダーと認めたのです。




それを傍観者として、対岸から黙って眺めているどころか。

自らも、その輪に溶け込みつつあった日々。


確かに私の役目とは、貴方の願った通りのそれでは無かったのかも知れません。

忠実に、貴方が私に残してくれたこの森を、他の誰にも侵されぬよう、護り続けること。

それが、狼として私に課せられた役目であったと、自覚しておりました。


貴方が再び私の目の前に現れる、その日まで。

ずっと、ずっと、待っていた。




…どうです?

再び舞い戻った、この世界は。


一緒に少しばかり散策をして参りましたが、どうお感じになりましたか?

この森は、相も変わらず美しかったでしょう?


そして、あの恐ろしい大蛇の足音が響き渡るその前までは、こうもお感じになったはずだ。


やはり、静かであるのだなあ。

この森に生きることを許されている大狼とは、今も昔も一匹だけであったのだ、と。




そうです。

貴方が群れの全てを失ったあの日から、

ずっとこの森は、表情を変えずに、涙を湛えてきた。


狼が、戻って来るその日を。




‘取り戻し’ ましょう。


幸運なことに私は、貴方以外にも、それは沢山の狼に出会うことを許されました。




貴方と同じ匂いがして、

熱い友情を秘めた顔立ちをした狼のことを知っています。




対岸で、この男と、私の帰りを、ずっと待っている。




‘奪い返す’ のでは、無いのです。


それが、私と一緒に歩いて欲しい理由だ。


彼らは、本当に人間に懐いているというよりも、違うのです。

そう強いられているのではないのにも関わらず、共生の道を選んだと、理解して欲しい。


昨年の、秋ごろであったと記憶しています。

冬の匂いは、未だ香らず。しかし確実に、葉の色は褪せて行った。

もうすぐ、もうすぐ貴方に逢える。


そんなある日。

こんな狼に、出会いました。

Teusが、私が人間以外の友達を作れるようにと。

ヴァン川を越えて遥々、連れてきたのです。


名前は、空と海の混じる果て、そのような由来であったと記憶しているけれど。

いつも愛称で呼んでいるから、忘れてしまいました。

ええ、これは、そう。人間がつけた、名前に違いありません。

ですが、彼と私は、狼の言葉を通してでも、名前を使って呼び合っている。


そうなのです。Skaは、私のことをFenrirと呼ぶのです。

ええ、与えられた名を使い合う知能がある。その自覚があるのです。

信じられますか?人間の言葉を解する天才でして!

流石は、貴方の血を受け継いだ子孫であると言ったところでしょうか。


Skaは、ヴァン神族の長から、この男に仕えることを命じられました。

きっと、次に群れを見守る役目を担う者として、その時すでに見定めていたのかも知れない。

彼が、この狼と心を通い合わせることが、できれば。或いは、と。


しかしSkaは…!あり得ないと絶句するぐらいに、酷い仕打ちを受けてきました。

家畜や猟犬のように扱き使われる、そんな程度の領域ではありません。

今ここで子細に語れば、私までもが我を忘れ、この神様を喰い殺しまいたくなるぐらい。




それさえも、Skaが覚悟して選んだ道。


Teusは、もしヴァナヘイムが侵されるようなことになるなら、もう群れを捨てるとまで言った。

狼たちは、文字通り解放される。

その時に、狼の大群を率いるのは、Skaであるのだと。


離れたくない。あいつは泣きながら命令をきちんと聞いて。

今も、群れ率いの長として、対岸をじっと見守っているんです。



俺は、何としても、この神様をあいつのもとへ、送り届けなくちゃならない。

捨てるだなんて屑のような命令を抜かしやがったこいつに、土下座どころでは済まされない。


未来永劫の縄張りを与えるぐらいの償いをさせてやらないと、気が済まないんだ!

それはヴァン川の向こう側であったのだとしても、構わない。

ただあの狼たちだけは、報われなくてはならない!



それくらい、誇りに思っているのです。

あの群れと親交を深められたことを。私は心から嬉しく思っている。

人間と、共生する道を、あらゆる岐路で選び続けてきた彼らの生を、見守ることが出来て。


私は、少しだけ、自分が追放された理由を、飲み込めた気がするんだ。




この狼には、添い遂げる(つがい)が、そして子供たちがいます。

是非、お会いになると良い。



名前を超えて、貴方は幾らかの真実に気が付くはずだ。

貴方は、いいや…貴方だけじゃない。



「'Sirius' は、生き返ったのだ、と。」



……。



「こんなところです。これが、今目の前に佇む、Fenrirという大狼と、友達の狼の話。」



これが、これが貴方の不在の間に生きた、縄張りの長の功績と言うのは。

とんだ恥さらしだと思うかも。

そんな土地から救い出すのが、群れの長として願われた役目であったのかも知れないのに。



ですが、ですが私と一緒に、見て欲しいのです。


それが、夢だった。




粗相のないようにとはらはらしながら、それは活気に満ちた群れ仲間を紹介する、平穏な夢想が脳裏に浮かんだ。

でも、私は、それが叶わないことをはっきりと自覚してしまえた。




けれどこうして、貴方は再び、強大な大狼として、私の目の前に現れた!





あの日のことを、私はいつまでも忘れない。


この森の、縄張りの長である貴方への謁見のとき。


覚えていますよね?


他愛もない喧嘩のつもりが。

私は何も、狼の礼儀というものを分かっていなくて。

とんでもない過ちを犯してしまった。



もう、繰り返したりなんか、しない。



良いですか。



構図は、逆転したのです。



悠久の時を経て、貴方はこの森を訪れた。


この縄張りを支配するのは、この私です。


言いましたよね?序列は、示されなければならないって。

縄張りで好き勝手させるわけには、行かないのです。


その先で暮らす狼たちのリーダーというのも、この私の友人だ。


いいです。合わせてあげます。



けれど、貴方は、私の群れに加わるんだ。

逆なのです。


ですから、先ほどの誘いは、どうかお許しください。

受け入れることは、できません。



貴方を群れへと引き入れる。


そんな大それた計画を。たった今思いついたのです。

私は、この思いに賭ける。


一緒に来ましょう、Sirius。



そして、私の言うことを、しっかりと聞いてもらいます。

ヴァン神族を殺させはしません。

狼たちを、ヴェズーヴァから連れ去ることも、させない。


けれど私たちは、狼たちを。


取り戻したのだと。



そう貴方に示すことが出来るはずと、確信しています。



“クウゥゥ…キュウゥゥ……?”


“さあ、おいで……?”




一歩だけ身を引き、低く構える。

いつでも飛び退ける体勢で、出方を窺え。




“シリウス、どうか私の群れの。”


揺らせ。もっとだ。

誘うように、尻尾で騒ぎ立てろ。



それが、俺達の戦いの合図となるのだ。




“最初で最後の……仲間になってくれませんか?”


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