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129. 悲歎の導き

129. If only sorrow could build a staircase


「……救う、だと?」


もう一匹の大狼は、俺が言葉を続けないことに不安を覚え、そう呟いた。

促されているとは百も承知だ。

しかし、勇気がいる。


右肩に全身の体重を乗せ、それから傷口が塞がり、間接も動くことを確かめて、Siriusの方へと向き直った。

飛び上がりそうなほどの鈍痛に尻尾が内側へとひん曲がったけれど、何とか声は上げずに済んだ。


大丈夫、俺はまだ、こうして四つ足を使って歩ける。

狼の声は出ないけれど、体裁だけはどうにか繕えるのだ。


「その通りです、Sirius。」


今度は、Teusが、狼たちの間に挟まれるような格好になる。

一度こいつに目隠しをさせて、その場で十回回って見せたいなと思った。


それで、もう一度目を開いた時に、俺とSiriusの両方が声を出さずにじっとしていたら、目の前の狼がどちらかを言い当てられるだろうか。


まあ、造作もないか。

一緒に並ぶのさえ、躊躇われるほどだったのだ。


俺達の外観は雲泥の差だった。

片や、Garmとの死闘で毛皮を穴だらけにされ、Teusの誤射によって、肩は真っ赤に染まってしまった。

首元からは未だに人の両手の感覚が抜けない。

こいつは自分を既に腐っていると言ったが、その存在に近づいているのは俺の方であるかも知れないな。


そしてもう一方はと言えば。

ああ…溜息が出るほど、美しい。

貴方は俺との対話を経て、生まれ変わったのだ。

Garmが宿していた、あらゆる縫い痕は取り除かれ、右後ろ脚の泥を除けば、少しも汚れているところが無い。


是非、毛繕いをさせて頂きたいのですが。

ちゃんと、狼の仲間に教わったので、できると思うのです。

俺達が無事に、幸せな物語の結末を歩くことが出来たなら。

そうしたいと、さりげない仕草でしつこく示すと思います。


「そうか…そうなのだな…?」


束の間の妄想が、俺の尻尾をご機嫌に揺らしたせいだろうか。

Siriusはほっと顔を綻ばせて、自分自身の尾へとその感情を伝える。


「つまり主は、我と共に歩いてくれるのだな…!」


我を庇うような真似を勇敢にもして見せたのだから、もう主の意志とは、自分と重なっていると十分に示されていた筈なのに。

決意を宿した瞳を、推し量りかねるような態度をどうか許せ。


この軍神の口から、銃口から、発せられる言葉に乱されようかという所であった。


「ああ、なんと可哀そうなことか…」


此奴のせいで、こんなに醜く毛皮が損なわれるようなことがあろうとは。

我は、無抵抗な演技に酔い過ぎていたということだな。

主までも、騙すつもりは無かったのだぞ。

まさか、本当に我のことを救いたいがために、自らを犠牲にするとは。

それでこそ、群れ仲間を想う同胞として、相応しいというものよ。


「すぐに、すぐに舌で舐めさせておくれ。主の血が流れるのを眺めるのは、これ以上耐えられぬ…」


光栄な申し出。

俺がしたいなと思っていたことを、まさか逆に持ち掛けられようとは。

都合が良すぎて、笑顔さえ引き攣ってしまう。

俺は運に愛された神様にでもなってしまったのだろうか?


「Sirius…いけません…」


慈愛に満ちた眼差し、威厳を削いだ髭、慕いの表れとして寝かされた両耳。

そのすべてが、もう目の前の人間が眼中にないことを示していた。


「もう良い…もう良いのだ、主よ。」


Teusのすぐ傍を、毛皮が擦れるぐらい近くを悠然と歩いて近づく。

勝ち誇ったように、と表現するのは違うかも知れないが、それは明らかに一種の挑発的態度であると言えた。



「泣かずとも良いのだ。」


「遠吠えが出来なくとも、我は一向に構わぬ。」


そう言って貰えると予感していた俺は、彼の微笑みから思わず目を背けてしまう。


「主の狼としての矜持が許さぬ、と?うむ、それも良かろうぞ…」




「今度は一緒に、主が上手に我と歌えるようになるまで、練習しよう。」


我はずっと、星にでもなったつもりで、聞いてきたとも。

来る日も来る日も、冷え切った夜空に向かって吠える主を。


それはそれは、まるで自分のことのように、感じてきた。

今度こそ、主の望んだように、隣にいてやるとも。



「だから、主が自身をどう思おうと、構わぬ。」


「どうか、我を幻滅せよ。」


「主は、己を低め過ぎたのだ。我と歩くに値しないなどと、そんな威光が、今の我に見えるか?」



「もう良いのだ。」



「だって、Fenrirという狼が、一緒についてきて、歩いてくれるのだから。」







「……。」




「Sirius。」




「ありがとう。」




「ありがとう…」







どうしてあの時に、その言葉を送ってくれなかったのかなんて言わない。

もう、どうでも良いです。



「ああ…あぁ…」



喜びを全身で表現して、貴方の首元に突っ込んで、毛皮をぐいぐいと擦り付けて。

それから唇を大急ぎで舌で舐めて、それからごろんと寝転がって。



こんなに弱くて、情けない自分を肯定して。



希望の大河が流れるぐらいに。ずっと涙を流して。

大声で泣きたい。




「Sirius。」




俺は彼を迎えるように、額を相手のそれに合わせて、押し付けて、瞳を閉じた。




「Sirius、それは違う。」





「……?」







貴方が私に見出した決意。



それは間違っていない。






「ついて来るのは、貴方の方です。」





「’貴方が’ 私に従って、一緒に歩くんだ。」







言ったでしょう?

夢の中へ、貴方を救い上げるんだって。



「……。」



息を吐け。

堂々としろ。




でないと、狼のリーダーは、到底務まりはしないんだぞ。




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