128. 様式美 2
128. Form of Elegance 2
ズダァァァァーーーーーーン……
再び森中を、狼よりも速く駆け巡る銃声。
TeusはGarmとの一方的な闘いの中で、知り尽くしてしまっていた。
この大狼は、子気味良い撃鉄の金属音を耳にしただけで、全身を強張らせることを。
決して避けることが叶わないスピードでは無い。
予備動作は十分にあったし、何より平生の彼なら、いとも容易く読み切ってしまえていた。
グチュッ……
しかし、Siriusは覚えてしまったのだ。
狩られる側の、獣の心理を。
撃ち殺されるのに手ごろなトロフィーの、反射的な硬直を。
彼は、眼を見開いたまま、見えない銃口から発せられる弾丸を無抵抗に迎えたのだ。
「……。」
バァァァン…!!
「……。」
「フェン…リル…?」
「何故、だ……?」
Teusはきつく瞑っていた目を、恐る恐る見開く。
いい加減、その癖をどうにかした方が良い。
ちゃんと、狙いを澄まさなくちゃならないだろう。
引き金は適当に引いてしまうし、大きい音にびびって、暫くの間、身体が強張って動けない。
それぐらい、お前は手軽な武器を扱うことに慣れていないんだ。
まあ、真後ろに向って撃ったつもりは、無いんだろうがな。
お前は血迷ったのではないとだけ、言っておこう。
だから、どうかそんな目を俺に向けるのはよせ。
俺のことを、Siriusだとかは呟くな。
それすらも怪しいようでは、お前にSiriusの傷口を抉る資格はない。
ボタタッ…ボタッ……
「ヴゥゥゥゥッ……」
そう。
だから俺が、必要なのだ。
この戦争を、終結させるため。
春風のように、颯爽と割って入る。
「Sirius、我が狼よ。」
「弾丸が、貴方に命中することは、ありません。」
痛みに呻くことぐらい、して良いでしょう。
でないとこの神様は、もう相手の気持ちを読み取れない時がある。
それに無言でこの痛みを受け入れることは、Garmに対して、些か失礼であるとも思ったのだ。
肩が痺れて、どくどくと脈打つ。
脱臼していそうだ。
弾いたはずの弾丸は、その勢いを凡そ失いながらも、最も俺に接近して爆裂したのだ。
血溜まりの上に、煙が上がって、Teusの人差し指程度の大きさのゴミが浮いている。
直撃したなら、脚を失うぐらいのことは、していたのかも知れない。
何発も撃ち込まれたなら、容易く憧れの世界へ至っていただろう。
「欠けてはいない、な……」
爪をしげしげと眺め、傷がついていないことを念入りに確かめる。
「そいつをしまってくれ。Teus。」
「余りにも、不遜だ。」
許してくれ。
Siriusが、こんな凶弾に撃ち抜かれるなんて、想像しただけで耐えられなかったのだ。
咄嗟の気持ちに、従っただけなのだ。
それで軽はずみに、身を挺して庇ったのだけれど。
「同感だな。主よ。」
どうやらSiriusにとっては、これは全力で投げた雪玉のようなものでしか無かったらしい。
Teusの背後で、俺の代わりに声がする。
「その歪な形と臭いが不愉快極まる、というのもあるが……」
後ろは、完全に取られていた。
こいつも俺も、完全に狼に騙されていたのだ。
「そいつで決着をつけられると勘違いしたまま、楽園とやらに向かわれては、迷惑であるからだ。」
Teusは、本当に運が良い。
恐らく俺が割って入らなければ、既に決していた。
「どうして撃ち抜けるなどと、驕った考えを抱くことが出来た。」
Siriusは、Garmよりも、遥かに高みにいる。
それを窺い知るこが出来ただけでも、命に勝る収穫であったと言えよう。
「……こいつの非礼を、詫びさせてください。Sirius。」
「主よ、友を選べとは言わぬが、もう少し思慮のある言動を伴わせてはどうなのだ。」
「仰る通りです、Sirius。」
「そう、そうなのです…」
「こいつは出会った時から、とんだ大馬鹿者でして…!!」
「Fenrir…?」
あり得るでしょうか?
こんなに怖気づきもせず狼に立ち向かっておきながら、
貴方を手にかける準備を淡々と済ませていただなんて。
思えば、散々な付き合い方をして来たものだ。
この森に、貴方の縄張りにずかずかと踏み込んだ身であることは、確かに私と同じだ。
しかし、私に対して少しも敬意を払わないどころか、少し心を許したと見たら、次は遊びに来たなどと抜かして、こちらでやりたい放題だ。
本当にあり得ない。
こいつは、運が良いからと、何でも自分の思い通りになると信じ込んでいる節がある。
「Fenrir…もっかい撃とうか…?」
森中の様々な景色を堪能するまでは良かったが、それから貴方の足跡を見つけては、ずっと私に隠して、こうやって過去を嗅ぎまわって来た。
きっと、私が兼ねがね狼に近づきたいと漏らしていたせいです。
それで貴方と同じように、やがてヴァナヘイムを襲う怪脅威となり得るのだと、恐れていた。
こいつが言ったような悲劇は、全てそれが発端だ。
挙句の果てに、俺は危うく尊い狼の命を、人間の手によって奪われるところだったのです…。
「しかし、Sirius。」
「貴方が仰ったように…」
「困ったことに…本当に困ったことに、」
「こいつは、私の ’友達’ なのです。」
お願いがあります。Sirius。
そんな立場ではないことも、彼との間を取り持つのに相応しくないことも、分かっています。
だけど…けど…
俺は、彼らの論争の間、ずっと考えていた計略の一端を、持ち掛けた。
これが、自分の希求できる、最後の幸福であると信じて。
「私を試すと思って、もう一度だけ、遊んでやってください。」
「Sirius。貴方を夢の中に、救い上げて見せるから。」