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127. 無名の墓

127. Anonymous


なあ、教えてくれるかい?Sirius。


あの人は、俺に負けず劣らずの変わり者だったからさ。

ヴァナヘイムでさえも知人留まりの人が、圧倒的に多いんだよね。

素の姿というか、彼の人物像をはっきりとさせてくれるようなエピソードを、まるで聞かない。


俺が余所者であるから、というのなら、それは間違っているよ。

何故って、俺は君が推察した通りに、彼女をお嫁さんに迎えたのだから。


ねえ。

知りたいんだよ。

老境に至る前の彼が、どんな人だったのか。


「ねえ……。」


「ひょっとして、俺に似ていたり、するのかな?」


Siriusは、初めて悔しそうに口をきつく結んだ。

今までTeusがどんな風に彼のことを嘲っても、何らかの口答えを切れ者の証として示してきた、彼がだ。




Teusは、それに対して、一歩踏み込むことをしなかった。


どちらの名前を先に口にするのか。

それを聞き漏らさないために。



「そうか……」


「あ、いつは…」


「殺されたのか。」



しかしSiriusは、その事実を受け入れることに、苦戦していたようだった。

冷静さを欠いたのだとしても、賢狼には、瞬時に彼の言っていることを理解できたはずなのに。

どうとも読み取れない表情を固め、俯いたまま視界を遠くへ追いやっている。


不自然な物言いだった。

殺された、というのは。


何かの確信が無ければ、そういう結論には至らない。


「どうして、俺が殺したと思うんだい…?」


そうは言っていないにも拘らず、Teusは自分に向けられている疑念を敢えて口にして見せる。


「存外、主は否定せぬのだな?」


先のSiriusの、不安を真っ先に口にするという指摘がその通りであるのなら、Teusには、そのような自責の念があることが見て取れた。


「それに自然な…推論であると思わぬか。主よ。」


ヴァン神族の血を引かぬ神様が、どうして王の座を奪うのに、その地位に座していた者を追い出さぬことがあろうか。

軍神による征服でなくとも、容易に想像されることだ。


ああ。主はFreyaの血統へ、婿入りしたのだったな。

別に、そのような陰謀が初めからあったと見抜けなかったのでは、あいつも落ちたものよ。

そうか。そうか……実にあやつに相応しい最期であるとも。


「随分嬉しそうに、勝手なことを言うね…」


旧友のことを笑うのは、親しかった者の特権という訳かい…?


「うん…?そうだなあ。そうやも知れぬ。」


溢れ出る記憶に、笑みが止まらないのだ。


Siriusの毛皮から、Teusへの憎しみが剥げ落ちたのが分かった。

目の前で自分に盾突くことに必死な神様と会話するよりも、昔を懐かしみ、親友への変わらぬ想いを馳せることの方が、よっぽど健全な生の暇つぶしであることに気が付いたのだ。


そう、Siriusは、まだ産まれたばかり。

死者を偲ぶのは、生者がすることである。

その気づきが、新鮮で、段々と柔らかい素の態度が晒されていく。


「どうだった、主よ。奴の最期は。」


興味がある。

我のことを、どんな悪役であると主に伝えたのだ?

その脅威から、ヴァナヘイムを護るのが、長たる責務であると、主に教えたはずだ。

違うかの?



どんな言葉を、主に向って吐いた。



「……。」




「ありがとう。」




「……?」




Teusは、瞳を真っ赤に染めて、けれども静かにこう言い放った。



「君は、勘違いをしている。Sirius。」


「…覚えていない、そうだね?」




「ああ、名前か。名前が、聞きたいのだな?」



そうだった。すっかりと、忘れていたぞ。

余りにも、過去をどうでも良い立場として振り返るのは、気分が良いことを、この年でようやく気付かされてしまったものでなあ。


ふうむ、そうだ。何であったか。


待つがよい。今、思い出してやるとも。




「そう……主は、そっくりだ。まるで気に喰わぬ。」




「我が友。」




「……。」




Siriusの青い右眼の端に、涙が滲む。

ぐいと、引き込まれそうな悲しみに、自分が泣きださなかったのが不思議なくらいだ。



「我は、主があやつを殺したのだと、思っておる。」


威厳は萎れ、まるで雨に濡れた仔狼のように、震えだす。


「その理由は、主がヴァン神族の長としての意志を受け継いだ経緯に依る。」




「'Dirus'は、」




「…ヘルヘイムに、来ておらぬからだ。」



……?



「主は、あやつと戦ったな…?」


主が秘めた力と、老衰が目前の彼奴では、赤子の頭を食い千切るように、造作も無かっただろうが。

しかし、主はやはり征服者だ。


戦うことを目的とせざるを得ない。


その穢らわしい右手で、命を奪ったのだ。違うか?




Teusは、ゆっくりと首を振る。




「主が、その口で我が狼に教えたはずだっ!!」



死人が行き着く先は、二つに一つしかない。


一つは、勇敢に戦い抜いた者だけが辿り着くことのできる楽園。

主の血統における元神と、あの娘が担う、青と僅かにくすんだ世界。



そしてもう一つは……!!



藁の上の死を迎えた、不名誉な死者であると。





「我の元には、そんな男は、来ておらぬ…!!」


地獄界の番狼が、そう言っている!

一睡も許されずに見張り続けたのだ、Helの館へ至る死者たちをっ!

いつのことだ?いつ、ダイラスは命を堕としたのだ!?

どれだけ老いて、声も臭いも変わり果てても、我が見逃すはずが無いっ!


「何かの間違いだっ…!!」


でなければ、彼奴は死んだことにさえならない。


我は認めぬぞ、そんな…

そんなことが、起きて堪るかっ!!




そうか……それで、確かめたかったのだな?

主は、自分がダイラスを殺してしまったということを、認めとう無かったから。

せめて間接的に、首元に刃物を突き付けたかった。毒を盛るように殺したかった!!

致命傷とは程遠くて、ゆっくりと、眠るように死んでいて欲しかった!!




だが、残念だったな!

あいつは、勇敢に死んでおるぞっ!!


きっと、主のことをしかと記憶に焼き付けて、倒れておるっ!!




いいか…これだけは、我が存在が示してやろう。



地獄より蘇った、もう一匹の大狼が。






「’ダイラス・ルインフィールド’ を殺したのは…貴様だ。」


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