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126. 低く構えよ 4

126. All Time Low 4


「名前……」


「名前、だと?」


何か、直感めいたものを感じたとでも言うのだろうか。

Siriusは、その言葉を必要以上に気に掛ける素振りを見せた。


「……。」


SiriusとGarmの意志が、彼らの知覚せぬ領域で繋がり合っているように。

もう一匹の狼とも、何らかの奇跡の形として、共有が為されているのだとしたら。


…だとしたら、あの勇敢な狼に授けられた名は、その繋がりとは、やはり運命であったのだ。


あの末弟の狼の名付け親は、どんな思いで、彼の名を呼んだことだろう。

ふと、尽きかけの灯を燃やす老人の投げかけた笑顔が、脳裏で朧げに揺らぐ。


特別な想いが、あったはずだ。


その名を冠したもう一匹の狼が、彼に訴えかけている。



そうか、Teusの意図が、少し掴みかけてきた。

ただでさえ幾多も縫い合わされた記憶を闇雲に搔き乱すことが目的では無かったのだ。




Siriusの表情は、その何かを納得しようと、懸命に飲み込もうとしているように見えた。



「…….。」



やがて、彼は誰かに向ってそうするでもなく、頷く。



「ふん……」



「興味がないな。」




……?



今、なんと…?



「必要が無い。」


「狼に、名前など。」


それは、人間が、勝手につけたものだ。

俺達の匂いどころか、風貌にさえ見分けがつかぬ主らのもの。

物覚えの悪いなりに、工夫して、好きなように呼ぶがよい。


そう吐き捨て、口の端を歪めて嗤ったのだ。




「随分と、非情なことを言うじゃいないか…」


君だって、自分の名を呼ばれて、何の反応も示さないということは無いだろう?

それにFenrirは尻尾を振りながら、君の名を、それは嬉しそうに呼んでいたものだけれど。

それも、無下にしようってのかい?


「非情……だと?主のような神でも、そう思うのか?」


「殺した人間の名前も、憶えてなどいない癖に。」


「……。」



眉をぴくりと動かすだけのTeusを見て、Siriusは機嫌を直したのか、元より高めに保たれた尾の位置が更に上がる。


そう言い返されるのを、彼は百も承知の上だっただろう。

彼が淡々とした口調でSiriusを煽り続けていたせいで、悪い雰囲気が伝搬してしまったのが原因なのだから。


けれども、とにかくTeusは黙り込んだ。それを柳に風と受け流せるほどの余裕は無かったのだ。

言われてようやく気付くほどの乏しい想像力ならば、初めからSiriusを怒らせるなという話ではあるのだが。

TeusはSiriusに、何を吐かせたいのか。それが、はっきりとしない。




「しかし…そうか。狼に名前が、あると言うのか。」



「それは勝手だと言っておいてなんだが…ああ、興味が湧かない訳でもない。」


「…度し難いことだ。」


「……。」


目を閉じ、何かをよくよく思い出す。


自分が、どうしてこの世に再び生を受けたのか。


その理由を。




“グルルルルゥゥゥゥッ……!!!!”




「ふざけるなああぁっ!!この若造がぁっ!!」




かっと目を見開いた大狼から、凄まじい声量の一喝が放たれる。

空気の痺れが髭を伝わり、身体の内を駆け巡って、全身の毛皮を逆立たせた。



“クウゥゥ……”


這いつくばっていた身体を更に縮込め、情けない叫び声を漏らす。



や、やってしまった…

耳も尾も垂れるほどの気迫に、もう駄目だと本能的に絶望する。



“グルウオォォォォォォォォォォォッッーーーーー!!”



遂に、Siriusを本気で怒らせてしまったのだ。




Teus…喰い殺されるぞ?




「誰の真似事のつもりだっ!?あ゛あ゛っ!?…狼に名前を付けるだとっ!?」


「それで飼い慣らしたつもりかっ!?それで友情を育んだつもりかっ!?」


「主がそうして良い狼など…この世どころか、ヘルヘイムにさえ、一匹とておらぬわっ!!」



首を振りながら、ずいずいと歩み出し、大狼は神様との距離を大胆に詰める。



「やはりそうだっ…!!我は、主のような世迷言を抜かす忌まわしき神を散々に見てきたっ!!」



「我は主からっ…そのような狼を解放せねばならぬっ!!」



「おお、会いたいぞっ!!その狼とやらにっ!!我に合わせてみよっ!!」



「まだいるのだなっ!?ヴァナヘイムには、我が愛おしき夜の群れから奪った狼の残党が!!」


「彼らに名をつけ、首輪をつけ、鎖をつけ、それを愛などと抜かして、代々騙し賺しておったのだな!?」



「それで…それで忘れるとでも思ったかっ!?人間よっ…主らは未だに大狼の恐怖を忘れずにいると言ったな。それと同じように、我の同胞が、主らが我らにして来たことを覚えていると、思わぬのかっ…!?」



「ふっふっふふ…はっはっはっはっはっ…!!!」


これは…これは随分と平和を愛した神様であることだっ!!



「良かろうっ!!その狼たちの名前を呼べぬ我が、直々に語りかけてやるともっ!!」


「そして思い出させてやるっ!!我らが、ヴァン族に喰らわれた、あの日の誓いをっ!!」


「彼らは、主を決してリーダーと認めぬ、慕わぬだろうっ!!」


なあ、主よ。

運に愛された、戦を司る神よ。



「返せっ…」




「返せと言っておるのだああぁぁぁっーー!!」




まるであの日と変わらぬ叫び。

揺らがぬ、狼の意志の咆哮。




ああ、彼は。Siriusは。

醜悪に、鼻面に皺をよせ、

大牙を剥いたのだ。




「さあ言ってみろっ!!ヴァン神族の長よっ!!狼たちの名付け親よっ!!」



「その名は、何だっ!!」



「誰によって、名付けられたっ!?」



「さあっ!!答えよっ!!」





「答えろと言っておるのだぁぁっっ!!!」







「……。」







誰もが、それを見逃したのだ。

僅かに動いた唇に、声は乗らない。





危うく零しかけた涙を見せぬよう、代わりにその神様は、それは不自然に笑う。




「……じゃない。」







「俺じゃあないよ。」




「なにぃ……?」




「当ててごらん。」




「それが、誰であるのか。」




「そして今、どこにいるか。」




もし、言い当てられたなら。

約束しよう。君の覇道を邪魔する者は、もうこの世界にいなくなると。




どうだい?


好きにしてくれ。

俺を喰い殺す方が、手っ取り早いと思うなら。




君は立派に復讐を果たしたと言えそうだよ。


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