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126. 低く構えよ 3

126. All Time Low 3


正直、Teusがここまで機転の利く奴だとは思っていなかった。

伝説の大狼の威圧的態度を眼前にして、全く動じないどころか、すいすいと淀みなく自分の主張を展開して、相手を聞く側に留まらせている。


意外な一面ではあったが、本来の彼は、こういう性格でやってきたのかも知れないと思った。

時折相手の出方を窺うためか、挑発的な態度を垣間見せることを除けば、そのやり取りは安心して見守ることが出来ていたのだ。


「長話もなんだからさ、座らない?ちょっと疲れちゃった……」


「……あ゛?」


「えーと、何でもない…」


いや……はらはらして、ちっとも落ち着いてなんかいられない。

こいつは(わざ)とやっているのが丸わかりだから、腹立たしいことこの上ないだろう。


しかし、俺は沈黙して耳を傾けなくてはならない。

やはりと言うべきか。

Teusはまだ何かを、俺とSiriusに対して隠している。

それを魅力的な武器のつもりで、ちらつかせているのだ。


「それで、どのようにして巻き込まれてしまったか、その詳細は省かせて貰いたいのだけれど…」


それ自体は、構わないね?

それこそ一から離すには、俺とFenrirの経歴というのは、余所者過ぎるのだから。


「結果として、ただの主神の使者に過ぎず、しかも憎まれる側の人種だった俺は、逆にヴァナヘイムと運命を共にしなくてはならなくなった訳だ。」


「そしてFenrirは…」


すぐさまその一言だけを付け加え、主導権を離さないことを、彼は忘れない。

自分に纏わる結果など、Siriusにとって微塵の興味の対象にもならないことを知っているから。

今は、だけれど。


「…ヴァン神族に追われる身となったんだ。」


「Sirius。君は彼らにとって、未だ恐怖の対象であると言っておこう。」


あれから数十年が経ち、傷跡は面影さえも残さない街並みをしているけれど。

語り継がれた惨劇は、ある日突然呼び起こされてしまった。

今や、皆がこう勘違いしている。


「ヴァナヘイムの平穏を脅かす大狼は、未だ生きている、と……」


「……。」


Siriusは、ゆっくりと彼から目線を逸らした。

怒りを押し鎮め、己を揺さぶる後語りと、持ち前の話術と戦うことが最優先だと悟ったらしい。


「赴いたのか……?」


その声は、Teusの背後へ投げかけられる。


「ヴァン川を、渡ったと…?」


「……。」


俺は正直に、そうですとだけ頷いた。




ちょうど、これぐらいの季節だったように思う。

誕生日を、半月ほど過ぎたぐらい。

耳をくすぐる奔放な濁流の音に誘われ、行き過ぎた冒険の褒賞として、未だ積雪の外套を頭からかぶった上流の山峰の数々に出会ったのだった。


その時の空想は、今でも忘れない。

ああ、いつか、あそこまで登ってやろう。


僕のことを、彼方から見ている気がするんだ。

枯れ枝に身を隠すこともせず、頂上から、悠々と見降ろす様が、目に浮かぶ。

僕のことを見守っている狼さんが、きっといる。

だから、もっと、もっと走れるようにならなくちゃ。


それと同時に、強烈な対岸への魅力と、本能的な警鐘を受け取ったことを覚えている。


ああ、僕は渡ってはならない。

けれど、彼方にも、誰かがいるみたいだな。


誰だろう。

狼ではないようだけれど…


うわっ…?こ、こっちを見てる!?

まずい、隠れなきゃ!

良く分からないけれど、見つかってはいけない気がする。

僕じゃ、どうして良いか分からない。

急いで、洞穴に帰って、狼さんに報告しよう…!




「その…あ、あの……」


「ごめんなさい…」


長い前脚で、自分の視界を覆いたい。

まるで両親に、ここは決して近づいてはならないと日頃から言い聞かされていた禁域に足を踏み入れたことが、明るみに出てしまったかのように、ばつが悪かった。


「謝る必要はないよ。寧ろ、同じ轍を踏んだなんて言って悪かった。」


…それは、Siriusに対して非礼ではないか?


「それにFenrirは、決して軽はずみな行動をとったりなんかしなかった。」


「おい、Teus…!!」


流石に聞き捨てならない。余り調子に乗るなよ。

勇敢を気取っているのかもしれないが、度が過ぎれば味方のそれであっても甚だ不快だ。



こいつ…もしかして、Siriusの逆鱗にわざと触れようとしているのか?

そんなことをして、一体何になると言うのだ?



お前がどんな風に振舞ったとて、この大狼は決して見ず知らずの神様に心を開くことは無いだろう。

しかし、態々自分から敵を作ってどうする。


…お前にも、Siriusの中に、Garmの面影を垣間見ていると言うのなら。

それは正しく、しかし駆逐するべき脅威では無いのだぞ?


いい加減、挨拶のつもりで銃を振り翳すのは、止めてくれ。


「それは、実に興味深い話だ…主よ…」


毛皮の裏では青筋を立てているに違いない。

Siriusは殊更に言葉の端々へ気を使い、不自然なぐらい丁寧な態度を装った人間の皮を被る。


「あまりに無粋な真似は、控えたかったが…」


次の瞬間、今にも噴火のような咆哮が地を揺るがすかと思うぐらい。Siriusは静かに怒りの炎を滾らせていた。


「経緯には触れぬようにすべきやも知れぬ。しかし神よ、つまりは、こういうことであるのだな…?」



眼光は吹雪の中でも光りを失わない程に鋭く、

俺はいよいよ怖くなって彼に目を合わせることが出来ない。



「この大狼は…人間によって、狼が損なわれる瞬間を、目撃したと?」


「神様が、’狼を殺す’のを…」


「見たのだな?」




「答えよっ!!忌まわしき戦の神よっ!!」




「うっ……!!」




静かな喝に仰天して飛び上がり、全身の固まった筋肉の痛みに呻く。

自分ではなく、Teusに向って訪ねてくれていることが、Siriusなりの俺への気遣いなのだとしたら有難い。




「……その通りだ。Sirius。」




「まるで君が、群れ仲間を取り返すことを夢見たように。」




「Fenrirは、とある名を冠した狼を、救おうとしてくれたんだ。」




名前は。



直接会って、その仔に聞くと良いよ。


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