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126. 低く構えよ 2

126. All Time Low 2


Sirius。君はヴァン川を越え、ヴァナヘイムへ再び至るのだと言った。

それなら、その土地を治める長に話を通すというのが、筋ってもんだろう?


もし出会えたなら、君には、俺の口から伝えなくてはならないと思っていた。

それが、この地位に座する者としての責務であると思うと同時に、共通の友達について、語らう機会を逃したくない気持ちでいるからだ。


「待て、それは、どういう……」


突如割って入った道化師、凡そ彼の印象はそのようであったに違いない。

先までの、美しい狼同士の対話に水を差しおって、と。

上手に声の絞れぬ我が狼に差し伸べようとした手を(はた)き。

偉そうに黙っていろと抜かしたこいつは、何者であるのだ?


それをSiriusは、何よりも先にはっきりさせたがったのだ。


Fenrirとは、長らく行動を共にしている様子ではあったが。

敵を作らぬ人当たりの良さばかりが先行して、気に喰わない。

断片的な記憶の中で、自分は望まずともこの男と何度か邂逅を果たしているに違いないな。

改めて、こうして出会ってみれば、なんとも生意気な口を聞く人間であるものだ。


「……。」


良いだろう、聞く側に回って欲しいのであったな。

首をゆるく振ってその先を飲み込むも、狼の右耳はぴんと弾け、殊更に苛立ちを露にする。


唸り声を上げる、一歩手前だ。

次に挑発的な態度を見せたなら、Teusは今度こそ、彼の前脚の下敷きになって踏み潰される。


「そのままの意味さ。まあ、落ち着いて。」


Teusは、そんな威圧に慣れっこだ。

肩を竦めてそれを受け流すと、俺の方をちらと一瞥して微笑む余裕すら見せる。

お前はそういった仕草を、寧ろ面白いと思っている節があったから、俺はSiriusに、あまり図に乗らせてはいけませんと助言したい衝動に駆られる。

実際、彼は自分が好きなように喋らせて貰えることを、当然の権利として行使し続けた。

この神様は、本当に傍観者であることを止めてしまったのだ。

頼むから、Siriusの神経を逆撫でするようなことを、口走らないでくれよ…?


「現在、といってもごく最近になってのことだけれど……俺があの土地を統べているという話、君には俄かには信じ難いことだと思う。」


何ていうか、威厳が無いでしょ?

自分で言うのもなんだけれど、とても俺みたいな神様が、そんな大層な役割を任せられているとは、思えないじゃない?


だから、まずこれだけは、はっきりさせておこう。


「俺たちは ’当事者’ である、と。」


「そうだな。巻き込まれたとまで…言って良い。」



Siriusは、その言葉の意味を瞬時に理解する。



「’他所者’ のお前がか……?」



彼らはお互いに初対面であるような気がするのだが、それもはっきり言って自信が無い。

けれども、海千山千の大狼にとって、Teusが現地民とは異なる風貌を備えていることを見抜くことなど、造作も無かったのだ。


「そうなんだ。でも、それを言ってしまうと、Fenrirも関係ないことになってしまうだろ?」


「こやつは、我の血肉を宿しておる。」


「でもFenrirは、君の一番大事な過去を知らなかった。」


「関係があるからこそ、隠し通したかったのだ!」


「まあ、そうだろうね。」




もうSiriusは、棘のある口調を押し隠せない。


持ち前の勘の鋭さから、一発でTeusの痛い所を見抜いて刺す。


「よもや主がっ…!!この狼を巻き込んだのではないか…!?」


「…そうかも、知れない。」


「なにいぃ……!?」



そうか。Siriusは、昨冬の例の事件のことを、知らないのだ。

間接的に、この地を訪れてはいたものの、それは夢の中のように朧げ。

猛吹雪の中、俺と一緒に森の中を駆け巡った記憶しかない。


どうやって俺がSiriusの過去を俺が垣間見たのか、その経緯は、語られ得ない。



「貴様っ…」



「この仔に、どんな辛い思いをさせたぁっ……!!」



募るのが無神経な神様への怒りよりも、俺を慮っての悲しみであることが、Siriusの狼であることを超えた慈愛を感じさせる。


流石のTeusも、潤んだ瞳から視線を逸らし、口を噤まざるを得ない。

彼が誰よりも責任を感じていることを知っている俺は、ようやく自分が傍観者としての苦しみを味わっていることを知る。


TeusとSiriusが、俺を巡って口論を始めていることが、堪らなく辛い。


危うく、口を挟もうかという所だった。


Teusは、何も悪くは無いのです。


全ては、Lokiが、

我が呪われし肉親の気まぐれが発端であると。


そう叫ぶことを躊躇ったのは、でも本当は、俺がSiriusへの行き過ぎた渇望を成就させようとしたことが、こんな結末を生んでのではないか、という自責の膿が未だ傷口から取り除かれていなかったからだ。



しかしTeusは、その問いに答えることを躊躇わなかった。

もう隠し立ては、うんざりなのだろうと思う。

けれど、そんな言い方、ないじゃないか。


「俺はFenrirに、君と同じ轍を踏ませるところだった。」


余りにも残酷な切れ味に、Siriusはぎょっと目を見開く。


「な、んだ、と……?」


「そうだ。」


「やはり貴方はFenrirに似て、賢い狼だ。」


見え過ぎている。

恐らく、もう余計な説明は不要だろう。



Fenrirは、身を以て知ったのだ。

人間によって奪われる、狼の命があることを。


彼は、突き動かされた。

ヴァナヘイムへと、自らが設けた境界を跨ぎ、

領界を喰らってしまったのだ。


今の一言で、そこまで理解した。



「そして今……」


「狼の琴線に触れる、魅力的な誘いに対して、もう一度Fenrirを思いとどまらせることは出来ないかと必死に頭を悩ませているという訳だ。」




これで、分かってくれただろう。


Sirius。君は俺と対峙せざるを得ない。




歯牙にもかけない存在とするには、

俺はFenrirと仲良くなりすぎてしまったんだよ。


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