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125. 劣等の完成 2

125. Born of Inferiority 2


そのはずだった。


“あ……う、あ?”




僕は、’遠吠え’ をしたはずだった。


はやる気持ちを抑えてSiriusの独唱に耳を傾け、その瞬間まで、声音を慎重に選んだのだ。


途中から混ざる者は、注意しなくてはならない。

前の狼よりも、高い声で加勢するように吠えるのか。それとも、低めを長く保って、次の遠吠えまでの繋ぎの役を買って出るか。

何れにしても、正確なタイミングとトーンで、調和を乱してはならない。


歌い出しも、後続では変わって来る。

最初の数秒、口を開いて出した吠え声を飛ばす感じだ。

それから細めた口先を使って、あたかも初めから一緒にいたように、ゆっくりとフェードインして、加わっていく。





完璧に、Siriusと歌える。

僕たちは、代わる代わるに歌い、延々と途切れぬ遠吠えを、この森に響かせるのだ。


その二匹の姿がありありと、目の前には映し出されていた。




……が、違ったのだ。




“う゛っ……けほっ…けふっ…?”




……?

あれ?


まさか。

何かの間違いだ。


ちょっと勢い余って、むせちゃっただけ。

唾を飲み込んで、舌で鼻を舐め、もう一度息を吸い込む。

すぐに立て直せる。まだ間に合うから、落ち着いて。



“スゥゥ……”


そう、息を吸って。

描いた通りに、吐き出すだけ。



“ヴ……ウゥッ……うぅ……”



“うぐっ……かはっ…?”


……!?




なんで?


どうして、声が…


出ない、んだ…?




「…あ、ああ……」




気が付けば、Siriusは遠吠えを止めていた。

当然だ。幾ら彼でも、一匹では、続くものも続かない。



「ど、どうした……主よ?」



僕が身体を仰け反らせたまま、硬直しているのを見て、心配の余り人間の口を開く。

それが、どれ程自分が彼のことを失望させてしまったかを表している気がして、全身の毛皮が逆立った。


怖くて、目の端に涙が滲んだ。


“だっ…大丈夫!大丈夫ですからっ!!”


“僕はっ…僕は歌えるっ!!”


笑顔を取り繕う余裕もない。

俺は半狂乱になって、がむしゃらに息を吸い込み、声に変えようと躍起になった。

彼に目を合わせぬよう、意固地になって、天を仰ぐ姿勢を崩さない。


今まさに遠吠えは始まるから。

もう少し、もう少しだけ待って!




そうやって、何度も同じことを繰り返した。




声は、一度も空に届かない。


それどころか、眼の前の貴方にすら、届かないんだ。



…喉が、張り裂ける音がする。


どんな音だったと思う?

そんなものは、蚊の鳴くように小さいはずなのに。

驚くほどに、良く聞こえるんだ。


ぶちちっ…ぶちんっ…


僕の中で、’鎖’ が引き千切れるのです。

一つ一つの輪が限界まで伸びて、遂には耐え切れず、弾け飛ぶ。


その音が、身体の内側から鳴り響いた。



「……たい…」


「……?」


「いたい……よぉ…」



貴方のように空を仰ぐ姿勢を真似るだけで、傷口が熱を孕んで疼くのだ。

それを幾ら我慢しても、喉がぴんと引き攣ってしまって、頑なに震えようとしない。


無理をして、息を吹き込もうとすると、

脳裏には、あの瞬間がちらつくのだ。


これは、僕の体感ではない。



気管に牙を、押し込まれる。

息が出来ない。


‘貴方の痛み’ が、伝わって。




ゆっくりと、抜き取られると。

血がとめどなく、噴き出すのだ。






「うぅ……うあぁっ……」


がくりと膝が折れ、地に着いた。

自信の崩落は、容易く認めてしまえたのだ。




どうしてこんな喩えを思いついたのか、自分でも分からない。

きっと、あの公園での出来事を、羨ましそうに見ていたのだろう。



僕が言うのも、変なのかも知れないけれど。

まるで子供の逆上がりだ。



さっきまで、ちゃんと出来たのに。

お父さんとお母さんの前で披露しようとした瞬間に、できなくなってしまった。


僕は窓ベから見ていたし、それが本当だと知っている。


よーく見ていて、凄いんだから。

意気揚々と始めた時の笑顔は、何処へやら。

段々と不安が募り、応援の視線が痛いほど向けられる。


それが嫌で、惨めで、悔しくて、意地でも繰り返し挑戦して、失敗するのを止めようとしない。


目を真っ赤に泣き腫らし、地団太を踏み、八つ当たり、喚き散らし……


遂には、逆上がりなんて、大嫌いだと。


“もう、二度としないもんっ!!”


そう言い捨てて、何処かへ逃げてしまう。




そう。僕は狡猾にも、Siriusが、仔狼を慰める術に乏しいことを知っていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁん……」


「ま、待てっ……待ってくれ…!」


尻尾を蒔いて、踵を返せば、貴方は一歩も僕に近づけない。



邪魔しないで。僕は、一匹で泣き叫びたいんだ。

自分よりも不幸な奴なんて、この世に誰一人いないんだと勝ち誇りたい。



貴方との崇高な出会いなんて、初めから無かった。

この日の為に積み重ねてきた努力なんて、ただの想い込みに過ぎなかった。



精々、良い夢だったのだ。



疲れ果てるまで、此処から逃げよう。

過ちは、ずっとこの場にいてくれるさ。


直ぐに目が醒める。

いや、もう醒めかけていた。




僕は…

いや、俺は。




やはり、貴方と肩を並べるのに、相応しくない。




輝いていた、視界が褪せていく。


所詮、劣等であったのだ。


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