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125. 劣等の完成

125. Born of Inferiority


ぶちんっ……



“……?”


身体の内側で、何かが引き千切れる音がして、はっと我に返る。

臍の緒か、或いは脳の血管か。


何れにしろ、見開いた視界は、俺にとっては新世界だ。

残念だ、視界は未だ、色鮮やかに保たれている。


ようこそと言ってくれ。

俺は今度こそ、誰からも拒まれず、足を踏み入れることが出来たのだ。


アースガルズも、鉄の森も。

Vesuvaも、ヴァナヘイムも。

ヨタンの血も。


もう必要ない。




俺は……’狼’ だ。




“ああ、立てるか。主よ、我が狼よ。”




俺は糸で引かれたように頭を擡げ、にっこりと微笑むと、心配そうな顔で覗き込む彼の口先を舐める。


“うん…大丈夫だよ。おおかみさん。”


これが、俺の望んだ夢の続きだったのだ。


貴方との死闘は、どうにか狼らしい体裁を保って終わったのだ。

互いが相手の毛皮に牙を突き立てながらも、心の何処かで、それを免れる術を望んでいた。


力量の差など、初めから決まり切っている。

俺はあのとき、知らなかったんだ。

降伏の姿勢を。


何だか、それが良い仔のすることだと思ったのだな。

諦めないというか、負けん気を見せるのが。

今思えば、なんて愚かな媚びの売り方をしたのだろう。


絵本の読みすぎだ、きっと。

獰猛で、狡猾な一面をちゃんと備えているぞ。

仲間に入れて貰うために、そう思って欲しかった。



でも、今目の前で横たわる僕は、ちゃんとどうすれば良いのかを知っている。



“僕は…狼だから!!”



ごろりと寝そべり、貴方に従いますと、腹の薄い毛皮を天に向ける。

首元だって、顎をぐいと上げて晒した。

いつでも噛みつけるように、と。



“うむ、良い仔であるな。流石は、我が見込んだ狼だ。”


“えへへ……。”


Siriusは、俺がもっと舐めたいと伸ばす舌から顔を背けると、代わりに首元へと鼻先を近づける。


ちょっと、くすぐったいな。

けれど、自分では触れないところを侵されるのは、気持ちがいい。


Skaが頻りにそこを撫でろとせがむ理由が、分った気がする。


よーく、よーく嗅いでくださいね。


僕も、貴方の匂いを、嗅ぎたいのですから。





Siriusは何も言わずに俺から離れ、それでこれ以上服従の姿勢を保つ必要はないと分かる。

俺は、完全に脅威として看做されなくなったのだ。


つまりは、群れの一員。

最下位のそれだけど、はぐれるよりも、全然ましだ。


ご飯を食べるのは、一番最後。

寝床も、好きな場所を取られるのは、仕方がありません。

貴方が牙を剥けば、どんな時でも仰向けになって機嫌が直るのをじっと待ちます。


だって、貴方はリーダーなんですから。




狼さんのために。立派に、役目を果たそう。


貴方みたいに、上手な狩りはできないけれど。

目立って先陣を切り、獲物を追い立てる、囮ぐらいにはなれます。

最後に仕留めるその瞬間のために、花道を用意するのが下っ端の仕事だ。


一匹では凍えそうな冬も、片時も離れず、ぴたりとくっついています。

そうすれば、貴方だけじゃなくて、僕まで温かい。

きっと悪い夢に襲われず、眠れると思うのです。


それに、話し相手にだって、なれると思うのです。

教えてください、狼さんのこと。

好きな食べ物は、何ですか?

この洞穴では、いつから暮らしているんですか?

一匹…なのですか?


ああ、大丈夫!!

心配ないです。

僕が、ずっと一緒にいますから。




それから、それから……。



そこが、今までの僕と、違う所なんです。

この日の為に、頑張って来た。



“僕は、遠吠えだって、できる。”



“おお……”



“それは誠か、主よ?”




彼は一瞬、酷く困惑した表情を浮かべたが、すぐにそれを優しい微笑みへと変える。


“改まると、いやはや恥ずかしいものよ……”


そんなことない。

おおかみさんだって、そんなことを言いながら、満更でもなさそうじゃないですか。


きっと、その誘いを待っていたとまでは言わずとも。

抗えない。



“では……主の歓迎を、祝して…”


居住まいを正し、貴方はふと真顔に戻る。

凛々しい顔立ちが際立つ。


貴方が纏う霊気は、冬を思わせる。

その瞳が湛えた色の世界に、飛び込んでしまいそうだ。



“うん!しっかり聞いていてくださいね!狼さん!”




一匹では、遠吠えは出来ない。

それを、今の僕は知っています。


誰かが始めたことだとしても。

それに応えるからこそ、狼は美しい。



一緒に、歌うんだ。

ずっと寂しかった貴方に、添えるようにして。



“さあ…!!”



僕は尻尾をくねらせ、眼を天狼のように輝かせて、その時を待った。



貴方が目を細め、仰け反り。

息を吸い込んだ腹の毛皮が大きく波打ち、

口をうっすらと窄めて、

その顎から、二本の犬歯を覗かせた時。





それが、合図だ。





“……。”




“ァゥォオオオオオオオオオーーーーーーーーーーー……”




まだだ。


もう一つ。


もう一吠えしてから。




“……ゥォォォオオオオオオオオオオーーーーーーーン”




来たぞっ!!




いよいよ、僕の番だ。





ありったけの冷たい空気を胸に吸い込み、

僕は瞼の裏に刻み込んだ狼さんの所作を思い描いた通りに真似ていく。




口の先から、白い煙が漏れ出したかなと思った、その刹那。






“…………!!”






僕は、貴方の群れに加わった。


狼さんと一緒であることを、感じられたのだ。







生まれて初めて、僕は。


愛情に、心を満たされて。








“…………?”





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