124. 仲間に入れて? 3
124. Am I still invited? 3
「シリ…ウ、ス…」
彼の口から、その言葉を貰える日を、この瞬間を。
一体、何年待ち続けたことだろう。
「今…なん、て…?」
「ああ、主よ。」
彼は一切の恥じらいを瞳に湛えることなく、まっすぐに繰り返した。
「今度こそ…今度こそ、一緒になれるのだな。」
……。
これは、現実か?
こんな瞬間を享受して、許されるのか?
聞き漏らすまいと慌てて立ち上がり、彼と同じように堂々としていようと四肢の置き方を真似る。
「も、もういっかい……?」
俺は、Garmという名の大狼の正体がSiriusであると悟った瞬間以上に、
目を見開き、
息を震わせ、
そして尻尾を大きく膨らませ、振ったのだ。
無意識に感情を発露させる、ふわふわのそいつは。
もうちぎれて、何処かに飛んでいってしまったかのように感覚が無い。
彼の誘いとは、俺にとって、このような意味を持っていたから。
「主を、狼として。」
「群れの一員として、認めよう。」
それは、あまりにも光栄な告白で。
「うあぁ……。」
ドサッ……
またも俺は耐え切れず、卒倒してしまう。
「主よっ、大丈夫かっ…!?」
息が、上手にできない。眩暈が視界を歪ませ、次第に戻っていく。
力の限り走り横たわった、雪原から眺める曇り空のよう。
吐きそうだ。必死に空気を吸い込もうとするのに、いらないよと戻っていく。
甘いお菓子と、脂っこい肉料理の山を、一度に合わせて平らげたみたい。
「ハァッ…ハァッ…アァッ…あぁ……」
ああ。
ああ、何て、幸せで。
「シリウスゥゥゥゥッ……」
何て、残酷なのだ。
「うぅっ……んうぅっ……うぇっ……うえぇぇ……」
過呼吸気味になって、すすり泣く声さえもぎこちない。
「どっ……どう、してぇっ……どうしてぇっ……!!」
どうして、あの時。
あの時、もっと早く。
そう言って下さらなったのですか?
私は、ただ仲間に入れて欲しくて。
もう一人ぼっちにだけはなりたくなくて。
必死で狼のふりをして、貴方に近づいたのに。
ええ、分かっています。
……きっと、あの時の私は。
まだ、貴方の嫌いな人間臭くて。
狼と呼ぶのに、相応しくなかったのですね。
それが、やっと、
やっと今になって。
Siriusは、笑ってくれた。
「うわぁっ……んああっ……ううっ……うわああん……」
なのにどうして私は、狼になることが出来て。
こんなにも泣いているんでしょう?
どうして私は、
貴方が神様と人間に、牙を剥こうとするのを、嫌だと思うのですか?
やっぱり俺は、
人間と、仲良くなりすぎちゃったのかなあ……?
まだ俺は、怪物のままなのかなあ?
ねえ、教えてください。
僕はやっと貴方の隣にいられるぐらい、立派になれたのに。
この気持ちは、一体なんですか?
“ぼくぅっ…狼さんとっ…ずっと一緒にいたいのにぃ…”
“…ごっ…めんなさいぃ…うあぁっ…うわああぁぁっ……”
譫言だと思ったのも、当然だ。
その声、俺の口から出ていない。
小さくて、震えたその声は。
大狼の首筋からとめどなく噴き出す血飛沫に、必死で額を押し付け、
自分の過ちを悔いる、仔狼の悲鳴だった。
はっとした表情でその言葉を聞き取ると、Siriusは今までにないほど耳の形を崩して微笑む。
「……そうか…」
「あの時、意地悪をしてやったのを…主はまだ、恨んでおるのだな。」
「ちがっ…違うぅっ……!」
決壊した涙腺から、過去の光景が溢れ出す。
そうだ、貴方は嬉しそうに笑って口を結び、頑として自分の牙を仔狼に近づけさせまいとしたんだ。
僕が、貴方の後を追うことが出来ないように、と。
「今だから言えることだ。あの時の主の顔といったら、可愛いことこの上なかった……」
「やめてぇっ…もうっ、やめてくれぇぇぇっ……!!」
「いっそのこと、連れ攫ってやりたい、なんてなあ。何度、邪な想いに惑わされたことだろうか。」
「違うんだぁっ……!!僕はっ…僕はぁぁぁ……!!」
「だが、今ならそれも叶うのだ。」
「うあぁぅっ…」
「主を我の傍らに、誘うことができる。」
“おいで。”
“Fenrir。”
「うぎゃああああああああああああああああっっっ!?」
頭が、破裂する。
必死に押さえ付けていた、貴方と初めて会えた、あの日の光景。
貴方から見た自分のことを、初めて見せられた。
それは、俺自身の体験となって。
滅茶苦茶に混ざって、迸る。
…こんな風だったんだ。生まれて間もない自分って。
Siriusと名付けられたそいつと、何ら変わらない。ほんの仔狼じゃないか。
この仔が…怪物だって?
人間の世界から、やって来ただと?
父さんと母さんに、捨てられた?
こんなに無垢で、あどけない子供がだと?
…信じられない。
すぐにでも、泣き止ませ、幸せだと感じさせなくては。
空腹を満たし、温かな寝床を与え、夢にも魘されることなく、休ませなくては。
そして…この仔を、‘狼’ にしてやらなくては。
そうでなければ、この幼子は…
必ず、自ら命を絶つ。
それだけは。
させぬ。
「うわあ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁーーーっ……!」
はらわたごと吐き出すような絶叫が、響き渡る。
それでも足りずに、痙攣する胴を地面でくねらせ、四肢をびくんと突っ張る。
頬の肉が引き攣り、表情を忘れた。舌を口の中に保っていられず、鼻の先がどこに行ったか分からない。
ただ口をぽかんと開いて、奇声を張り上げ、喚くだけ。
愛してくれとも願わない。
手のつけようのない様は、赤子と呼ぶのが相応しい。
“あ、ああっ……”
そう。俺は、貴方の一声で。
“Sirius……”
まるで、産まれたのだ。