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122. 薄幸の家族 4

122.4 Happy Home 4


Teusは恐怖に耐え切れず、ひたすらに声を押し殺して泣いていた。


俺のあずかり知らぬ領域で、ヴァン川の向こうで、彼はずっと一人で苦しんできて。

遂に、その限界に達してしまったのだ。

そうに違いない。


知らぬふりも、こうなっては何の意味も無かった。

俺は、お前が流す涙の痛みも理解出来ぬ。

そんな怪物であったなら、どれだけ楽だっただろうか。



「’腐った’とは…随分と失礼な物言いでは無いか。」



Siriusは、Teusが選んだ言葉の軽率さと、彼の中で起きている変化の重篤さを理解しているらしかった。



「Teusは…もう…」



Helは、彼に対して、このように告げていた。


’貴方、此方側に近づいているようだわ。’




「つまり…完全にJotunとなった、と?」





少なくとも、お前を神様足らしめた、アースガルズの血は。

一滴残らず、この戦いの中で、失われてしまったということなのか?


そのお陰で、こいつはヨルムンガンドにとっての糧としての価値が失われてしまった。

だから獲物の匂いを見失った蛇は、再び微睡みの深淵へと姿を消した。

あれだけ執拗に嗅ぎまわっていたにも関わらず、それはあっけなく。


「主よ…それは、大方当たっておる。」


「…そして何かを見落としている、と?」


より重要で、致命的な何かを。


「家族に…なる?」


どういう、ことなんだ?


Helがきっと、そう告げたのに違いない。

彼女がTeusに、お前を家族として迎え入れる旨の発言をした。



丁度、俺をGarmが自らの血によって、お友達として迎え入れようとしたように。


結果として、俺はJotunへと染まったのか、自覚は無い。

はっきりしたことは、俺にアース神族の血は流れてなんかいなくて。

だから俺は、神々の住む世界から、追い出された。


そしてもっと残酷な真実とは。

お母さんとお父さんとも、俺は違ってしまったこと。

だって、そうでなければ、俺は二人からさえも、嫌われずに済んでいた。


いつからなのかは、分からない。

しかし俺は、やっぱり、狼なのだ。



翻って、この神様に至ってはどうだろう。

その結果は奇妙だ。

Teusの絶望にのた打ち回る様子から察するに、まだその試みは完成されていないように思えたのだ。


もう殆ど手遅れではあるようだったが。

足掻くということは、諦めていないのだ。


俺は、こいつが本当に諦めたときに、どういった表情を見せるのか知っている。

こいつは、笑う。

まるで俺がそうしろと教えたような顔で、寂しそうに笑うのだ。

しかし、こいつは泣き喚いて、怯えていた。

そうする余地が、あったのだ。


「Jotunへと入門して尚、Teusは彼女にとっての家族には足りなかった、と?」



Teusには…決定的に、何かが欠けている。



「だから、それをヘルヘイムへ、探しに行ったのですね?」


それが何を意味した言葉であるのか、俺には真に理解することは叶わないのでしょうけれど。

Teusを、彼女の言う… ’家族’ に相応しい存在にする為に。







「主は…実に聡明な狼よの。」


「……。」


Siriusにそう言って貰えた。

それが何よりも嬉しいはずなのに、この期に及んで手放しに喜べない。


俺は、まだ貴方の記憶を疑い、決めかねていたのかもしれなかった。




ただ、俺の推論は、俺から見える範囲の情報から導いたものとしては、及第点だったのだ。




問題は、別の視点から見た場合。


全てを知り尽くしている貴方と、都合の悪いことだけを垣間見てしまったTeusにとって。

Helの気まぐれは、一体どのように映っているのか。


それが分からなければ、俺はTeusが泣いている理由にさえも寄り添えない。


「家族って……」


「一体、なんだ…?」


俺は、それが分からないと疑問を口にする。

まるで、怪物だな。


そうお道化ても、笑ってくれる奴は、此処には誰一人いやしない。




ひゅうぅぅ……


俺とSiriusは、亀裂から溢れ出る生ぬるい風に毛皮を撫でられ、欠伸を我慢するように口を開く。


「……。」


不気味に静まり返った鉄の森も、平穏を取り戻したにも拘わらず、どこか居心地が悪そうだ。

大狼が二匹も彷徨いていることに、戸惑いを隠せていない。

無理も無いだろう。なんせ、どちらも正真正銘、生きているのだから。


「生きて、いる…か…。」




俺は、当初の目的を忘れかけていたことに気づかされる。

全て、終わったかに思えて、気を緩めてしまっていたが。

いつまでも、此処でTeusが泣き止むのを待ち惚けている訳にもいかないのだ。


俺はお前を、笑わせる術を知らないけれど。


「さあ、起きろ。Teus……」


あいつらなら、その手段に事欠かない。


「帰るのだろう?」


「Vesuvaへ。」


お前が愛した女神様なら。



腐ってしまったお前でさえも、救って下さる。


そうだろう?




俺は屈んで彼の顔に舌を近づけ、ヨルムンガンドがそうするよりも控えめに、彼の涙に塗れた頬に触れた。


大した度胸であるのだと気づかされる。

何も知らないのに、無責任に誰かを励ますことは。


お前は、俺が抱えた狼の暗さを恐れようともせず、土足で縄張りに上がり込んだ。

きっと、自分なら、Fenrirのことを支えてあげられる。

無謀にも、そう己惚れて。


そして、救われてしまった。


俺には、やっぱり出来る気がしないぜ、Teus。

その自信は、一体どこから来るんだ?

前に、そう聞いた気がする。


結局、はっきりとした答えは、得られなかったと記憶している。

ただ、お前の心によって突き動かされた、お前の行動、選択に、嘘は無いのだと。


だから、咄嗟に、迷うなと。




その勇気も、気概も、挫かれて。

俺は対岸を恋焦がれることを止めたのに。


俺は、お前と一緒に、帰らなくてはならない。




「Sirius……」


「私には、次にとるべき行動が、見えているつもりです。」




Helは、いなくなってしまった。


「貴方は、これからどうされるのですか。」


この世界に、再び一匹で取り残されてしまった大狼よ。


「もし、良かったら…」




「その…」




「……。」




ああ、やっぱり、無理だ。

そう言いかけて、俺は俯く。




俺は、どんな表情をして、この狼に向って。

そう口にすれば良い?




一緒に、来ませんか?




願わくは。




私は貴方と共に、過ごしていたい、だなんて。


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