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122. 薄幸の家族 3

122.3 Happy Home 3


蛇はその言葉の意味を、俺よりも理解しているとは思えなかった。

しかし、臭いだろうか。それを舌で嗅ぎ取ると、この人間が自分の探し求めていた獲物ではないと、判断したようなのだ。


ヨルムンガンドは、鎌首を擡げ、俺達を取り囲んでいた蛇皮の壁をするすると(ほど)いていく。


「あ、ああ……」


真っ白で模様のない壁がうねるので、視界が歪んで酔ってしまう。

そうでなくても、俺はどうやら立っている必要がないと悟って、がくりと膝を折ったのだ。


気が付けば、あれだけこの世界を揺るがしたヨルムンガンドは、それは静かで穏やかに、奈落へ伸びた亀裂の中へと、姿を隠してしまっていた。




Teusは、涙を流すでもなく。俺のように膝を付いて打ちひしがれるでもなく。

ただ、なんてことはないと言った風で、涼し気な表情で俺とSiriusの間に立ち尽くしていたのだ。


「Teus……?」


「もう、大丈夫だよ。Fenrir。」


何が、大丈夫だ。


「怪我は無いかい?」


「皆して、急にいなくなっちゃうからさ。ずっと、心配していたんだよ?」


心配していた、だと?


「さあ、もう帰ろう?全部終わったよ。一緒にヴァン川まで…」


全て、終わった…?


「うん。だから、ね?」


……。



「どうしたの、Fenrir?」




「もしかして、俺のこと……」




“グルルルルァァァッッッッ!!”


「うっ……!?」


俺は右脚に走った鈍痛をおくびにも出さず、腹立たしい薄笑いを浮かべたその神様に容赦なくとびかかり、そして前足で獲物の動きを抑えるように叩きつけた。


「ぐふぁっ……!!」


思いもよらかなったのだろう。

Teusは碌に受け身もとらず、後頭部を激しく地面にぶつけて眼を瞬かせた。


「な、何するんだよっ……!!」


「それ以上ふざけた口を聞いてみろっ……!!俺が蛇の代わりに、その首を掻き切ってやるからなっ!!」


「……。」


我慢ならなかったのだ。



その、薄ら笑いが。



むかつくのだ。



その、自虐的な言葉の端々が。



“ヴゥゥゥゥゥ…グルルルルゥゥゥゥッ…!!”



いつから、おかしくなってしまったんだ?



「フェ…Fenrir…?」



「ティウゥゥゥゥゥッーーーーーーー!!」




まるで、俺みたいじゃないか。



「…な、なんで…。」


「良いか、今から俺の質問にだけ答えろ…」


「そうでなきゃ、本当に…」


「本当に、お前は俺を、狼と間違えることになるぞ。」


「……。」


貴方に代わって、俺がやろう。

こいつには、洗い浚い、吐いてもらわねば気が済まない。


ああ、なんとお優しいんだ。Sirius。

…止めないということは、許して下さるのですね?


願わくば、目を伏せて下されば良いのに。

貴方は生きていて、洞穴から這い出しても、醜い自分を隠し通すことは出来ないのだ。


ええ、構いません。

構いませんとも。

私は既に、貴方を失望させたばかりなのだから。


「貴様…貴様ぁぁぁぁぁぁっっっっ…!!」


「どうして、彼女をっ……」


「何故 ’ 彼女’ を殺したのだぁぁっ!?」


「な、何のこと…?」


「とぼけるなっ…!!」


俺は激昂の余り、Teusを押さえ付けていた前脚に体重をかけてしまう。


「やっ、やめて!Fenrirっ…痛いっ、痛いよっ…ああっ!!」


「くっ…!」


情けないほど反射的に怯んだ。

既のところで、俺はごめんなさいという言葉を飲み込む。

慌てて前脚を引っ込めるが、拘束を解いてはならないと思いなおし、形ばかりではあるが肉球を胸元に押し付けた。


「言い逃れようなんて、無駄なことだ…」


「ほ、ほんとだよ…わかるでしょ、Fenrir…ねっ?」


「俺達の耳に、その武器の爆音が聞こえないとでも思ったのか!?」


「うぅっ…で、でも本当に…」


あらん限りの怒号に、Teusはぎゅっと目を瞑る。


「何故 ’ Hel’ を撃ったのだと聞いているっ!!」


「……?」


「う、撃った…?」


Teusは、本当に分からないという顔をして、ぽかんと口を開けてしまう。


「……は?」

まさか、気が動転していたとでも言い訳するのだろうか?

そんな奴が、銃を外套の裏に忍ばせておいて良いと、本気で思っているのか?



しかし彼は、次の瞬間、はっとした表情をして叫んだ。


「ちっ…違う!あれは…!!」


酷く焦った様子で、何とか弁解の機会を得ようと激しく藻掻いて逃げようとする。


「俺は彼女を撃ってなんかいないっ!!信じてくれっ!!」


「じゃあ、一体誰に風穴を開けたと言うのだっ!?言ってみろ!ああぁっ!?」


「そ、それは……」


「撃ち抜いたのは、お前にだけ見える、悍ましい怪物であったと…!?」


「……。」



不用意にそんな言葉を吐き、しまったなと悔いる間もない。

こいつは、自らを腐ったと言った。自覚はもうあるのだ。


「す、すまない…そ、その…」


そう言葉を濁した矢先。

彼の両手から、力が抜けたのが分かった。


「……Teus?」




彼はゆっくりと、首を振る。


「……ちが、う…。」


「彼女な訳がない…!!」


……彼女?


「嘘だ…きっと、そう…嘘だっ!」



「俺は彼女を殺してなんかないっ!!」



「……嘘だああああああああーーーーーーっっ…!!」




「お、お前…。」


深淵の遥か底に。


一体、何を覗き見たのだ……?


「……。」



彼の目に映る世界に対する態度は、常軌を逸していた。

Teusは大の字に地面に横たわると、首を転がして、もう一匹の大狼の方へと視線を移す。


「本当に、俺はHelのことを撃ってなんかない…!!」


彼は俺とこの神様のどちらにも助け船を出すこともせず、

そのやりとりをただ、静かに見守っていた。


「ただ、’探してくる’って…!!」


探す…?


「そう言って、いなくなった…。」


「……。」


「彼女は、主に確かにそう告げたのだな?」


「…俺は、あの娘のことを憎いなんて思ったことはないっ!!」


「本当なんだっ!誓って嘘は吐いてないっ!!」


神様が、そんな言い回しを使うのは滑稽だ。

彼は心身ともに疲弊し、すぐにでも介抱してやらなくてはならない状態であることが窺えた。


こんなこと、今すぐにでも、止めなくては。


「どういうことなのです?Sirius…」


何かを心得た様子を感じ取った俺は、自分にも分かるような説明を求める。

少なくとも、俺が貴方に代わってこいつに牙を突き立てなくてはならないのか。


その判断の拠り所を求めたかったのだ。


「理由はともあれ、簡単なことだ…。」


「べ、別に、Siriusのことを探していただけ……」

Teusは、焦りを露わにして口を挟む。


「それは、違う。」


「え……?」


確かに、当初の目的はそうであっただろう。

しかし、幼子の興味は、移ろいやすいもの。


「ヘルヘイムに、帰還されたのだ。」


世話の焼ける。

一人で家に帰ることもあるまいに。


そうぼやくSiriusの口調には、喜びを押し隠しつつも、確かに安堵の溜息が混じっているのが分かった。

瞳を閉じて俯き、何かを思案する。


それとは対照的に。

Teusは、絶望の表情を引き攣らせていた。


「…どういう意味だ?Helは何のために…」


「じゃ、じゃあ…’探す’っていうのは…!!」


「い、やだ……」


Teus?


「嫌だぁっ…!!やめろっ!!それだけはっ…やめるんだっ!!Helっ!!」


「お、おいっ…どうした…!?」


「やめてくれっ…Helっ!!俺はっ…俺はそんな意味で言ったんじゃないっ!!」




彼は突然、気が狂ったように叫び出す。

何かから激しく逃れるように、無我夢中で俺の足元から這い出ようと足掻くのだ。


あまりに異常な、怯えようだった。



「ならない……。」



「俺はっ…お前の ’家族’ になんかならないっ!!」



「なれない……。」



「なれるもんかぁぁぁっっ!!」



「Teus……。」



その時、結びついた気がしたのだ。


彼女が、Siriusを置いて地獄へ舞い戻った目的と。


彼が、ヨルムンガンドに対して告白した言葉の真相が。




「俺は、――じゃない……!!」




Teusが、’腐った’ 意味が。







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