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122. 薄幸の家族

122. Happy Home


全身が引き攣り、言うことを聞かない。

立ち上がって、Teusの救出に駆けつけることは不可能と言って良かった。


愚かにも、俺は出し切った。

持てる力の一切を、放出し切ってしまっていたのだ。


滑り続ける身体は、彼に向ってまっしぐらに進む。

身を任せて、口を大きく開くんだ。

Teusを咥えて、致命的な一撃から庇って、逃がそう。


それさえも駄目かっ…?

くそっ…間に合わない!!


ヨルムンガンドは、この期に及んで餌を強請る雛鳥のように怠惰で良かった。

獲物が自ら巣穴を覗き込むような愚行に走ったのだ。

辛抱強く罠を張っていた訳でも無いのに、こいつはきっと運が良い。


頭を捻って大口を開くと、人間を深淵に引きずり込もうと毒牙を剥いた。


「Teusーーーーーーッッッ!!」


…何してる?

早く逃げろっ!


俺の必死の叫びにも、こいつは何の反応も示さない。

目の前の脅威さえも、知覚できていないのだと分かった。


ずっと…そう。

谷底の深淵を、半歩だけ身を乗り出して、覗き込んでいる。

まるで誰かの幻影に、惑わされているかのよう。




Teusよ。

お前…一体何をしたんだ?




俺はこうなった以上、ヨルムンガンドから彼を取り返さなくてはならないと判断した。

一撃で仕留められてしまうことも当然有り得たが、こいつの悪運だって負けてない。

再び大蛇が地底に微睡む前に、俺も口元に飛び込むんだ。



「……うっ!!」



耐え難い鈍痛が全身を襲い、嫌な汗がじわりと噴き出す。


あ、脚が…言うことを聞かない。


どうやら、限界を超えて喋れなくなってしまったようだ。

転倒する直前に、何かが身体から外れるような音がした気がするが。


これはひょっとして、やってしまったか…?

け、けれど、一本ぐらい捥げたぐらいで…


渾身の力を込めて、右後ろ脚を除く三本で藻掻くも、立てない。



「ティウゥゥッ……」



3度目の呼びかけも、彼の耳には届かない。



ヨルムンガンドの口が緩慢に閉じられていく。


その時だった。




「何を、ぼさっとしておる。」


「……っ!?」




囁くような小言に、はっと目を見開く。


「うっ…あ…!?」


そこには、幾筋もの青い平行線と共に走り去る、Siriusの姿があった。


彼は俺の眼前を堂々と横切ると、いち早くTeusを掠め取り、ヨルムンガンドの魔の手から脱出したのだ。


無力な神様は成す術もなく攫われ、消えてしまう。




…余りにも速い。

視界に捉えるので、精一杯の出来事だった。


「Sirius……」


噓、だ、ろ…?

どうして俺よりも、先回りなんてことが出来るんだ?




「くっ……!!」


そして同時に俺は、お前は自力でなんとかしろと言われているのだと気づかされる。


分かりました、Sirius。

怪我なんてしている場合では、無いですよね。

自分の身ぐらい、自分で守れなくては、獣の名が廃るというものだ。


少なくとも、とんだお荷物は気にしなくて良くなった。

ならば、(なり)()りを構う必要はない。


俺は腹を地面につけたまま前足の爪を地面から離すと、身体を捻って大蛇と対峙する体勢に入った。


「見つけてみろっ…!!」


肺いっぱいに空気を吸い込む時間は無かったが、毒牙から免れるには、十分だろう。


ボウゥッ…!!


“……シュウッッッ!?”



視界は忽ち自らが吐き出した火炎で遮られるが、効果は蛇の様子を確かめるまでもなく覿面だった。

出え切るだけ首を振って広範囲に巻き散らす。



向こうを歪ませる壁から姿を現した白い影に、俺はほくそ笑む。

ヨルムンガンドの表皮が俺にぶつかって来るも、転倒の衝撃に比べれば屁でもない。

彼は完全に標的を見失ったまま突っ込んできたのだ。


「やはり…」


「皆、揃いも揃って、動物だ。」


お前も、火は苦手であるのだな。




こいつとの何度かの邂逅を通して、薄々勘づいてはいた。

動かない獲物が苦手で、明らかに振動に頼っている。

地下から振動元を正確に捉えておきながら、いざ地表へと出向いてみれば、崖の下へと落っこちた俺を見逃し、目の前を走るSiriusを先案で狙っていた大狼と誤認する。


ヨルムンガンドの視力は、殆ど機能していない。

だがそういう奴に限って、ずば抜けて夜の森を歩くのに長けているのだ。


そう。‘体温’ を感じる力がある。


標的を捕捉し続ける為に欠かせない。

伝わって来る振動により位置を掴んでから、牙をそいつに突き立てるまで。

赤外線を可視化することで、そいつの表情は分からずとも、心臓が温かな血を運び続ける限り、茂みに身を隠そうと見逃すことは無いのだ。




そんな赤外線で作られた視界に、俺よりも高温の物体が突如現れたとしたら、どうなる?



言うなれば、目くらましの術。

俺は完全に、蛇の前から消えていなくなる。



小手先のその場しのぎだが、十分だろう。



ようやく身体の滑りが止まり、俺は右後ろ脚を庇いながら立ち上がる。


「う、うぅ…」


おっかなびっくり怪我の具合を確かめるも、アドレナリンのお陰か、腫瘍が関節を囲んでいる程度の違和感しかない。

一歩だって、元気を装って歩けそうにないが。

はっきりとした意識があるだけでも、今は感謝すべきだ。


それに、自分の心配ばかりしている場合でも、無さそうだしな。


「Teusっ!!」




俺は懲りもせずに、彼の名を叫ぶ。

そろそろ、我に返っていてくれよ。


しかし、あいつが情けない叫び声を上げないと言うことは…

未だ悪夢に囚われているに違いないな。


案の定、勇ましい神様は、青褪めた表情で、呆然と垂れ下がった首の向く先を眺めているだけだった。


「なんとまあ、手の焼ける連れよのう。」


Siriusは慣れた様子で彼の首元の服を咥え、悠然と尾を揺らして振り返る。


「すみません…」


俺は思わず、謝罪の意を呟いてしまう。

出会ってからというもの、本当にそれしか思ってこなかったからだ。



一度、痛めに噛みついてやってくれませんか?

そいつ、俺が唸り声を上げると、Skaっていう狼に告げ口をするんです。

仲間を作るのが上手いというか、ずる賢いというか…。


貴方が牙を剥けば、きっと良い薬になると思うのです。

どう思われますか?



「主よっ!!危ないっ…!」


「……?」


こいつの文句は、思考の垂れ流しのように口から流れ出てしまう。

ちょっと夢中になっている間に、状況は寧ろ悪化していた。



「此処まで、か…」



再び標的を捉えたヨルムンガンドは、今度こそ逃すまいと、狙いを外した鎌首をUターンさせ、大きくとぐろを巻いて俺達を取り囲んでいたのだ。



「…早くしろ、Teus。」


今から走り出して、駆けつけることはもう不可能だ。


こんなにも、身体をぼろぼろにしてまで。


何の為に、俺たちがお前の元に辿り着いたと思っている?



お前が蒔いた種だとは言わないさ。

けれども少なくとも俺は、お前を当てしているんだ。


SiriusはHelを頼りにしていた。

しかし、お前のせいで、彼女は何処かに行ってしまったのだな?


ならば、お前が何とかしろ。



「助けて…く、れ…」



神のご加護とやらで



こいつをGarmのように、燃やし尽くして見ろよ。




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