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121. 才能の限界

121. Breaking Point


「ティ…Teus…?」


その号砲を、真っ先に俺は喜んで良いはずだった。


これは間違いなく、彼が握りしめて離そうとしなかった、時代錯誤の人殺しの武器の声。

そしてそれは、彼の息があることの何よりの証左であったからだ。



バァァーーーーーン…!!



しかし、二発目ともなると、流石に呆れ果てる。



ダァァァーーーン…!!ダァァァーーーン!!ズダァァァー------ン……!!



3発目以降は、怒りが込み上げてきた。


「やっ…やめろ…」


ドォォーーーン…!!


合計で、6発。



ダンッ…ダダンッ……ダァァァーーーン……ダァァァーーーン!!


リロードを挟んで、更に撃ち込む。


「や゛めろおおぉぉぉぉぉーーーーーー-っっっ!!!!」




「……。」




有らん限りの怒号が、あいつの耳に届いたとは思わない。

きっと、怯えるあまりに、引き金を引き過ぎたのだろう。

つい数刻前まで保てていた冷静さも失い、弾を込め忘れたのだ。


「……。」


気が付けば、周囲には不気味な静けさが漂っていた。


「な、何故だ…?」




どうして、引き金を引いた?


誰に? 何のために?


俺に、居場所を知らせる為か?


だったら、一発、空に向けて放つだけで良いんだ。

別に、そんなことしなくたって。

俺の名を、いつものように呼んでくれるだけで、すぐに駆け付けるんだぞ?


恐ろしい怪物に、出くわしたからなのか?

身を護る為に、威嚇も込めて、発砲したのか?


確かにその武器に込められた力は頼りになる。

けれど、お前も見ただろう?

そいつでは、この世界の怪物は殺せない。




分かっているんだろう?


そいつは、狼にとって、何の役にも立たないんだ。


なのに、どうして頼った。



……。

まさか…?




「Hel……?」




先までの他愛のない予想と、符合する。

全身の毛皮がぞわりと逆立ち、痛いほどだ。




口を突いて出た直感が正しいとすれば。

狼を伴うことなく、彼らは神々の邂逅を果たしたのでは無いか。


どのようにしてかは、知る由もない。

しかし恐らく、彼女の方から、姿を現したのだろう。


伝えたいことがあったのかも知れない。

或いは、あいつの方から探し求めて、それに応えた。

俺がいないところで、Teusは何かを尋ねたかったのかも知れない。

そんなことを考えてしまう。



そして、ある真実に辿り着いた時。




「早まることも無かっただろうに…!」




ああ。お前は、以前、似たような愚行に走ったのだな?

己の足跡を、そっくりそのまま踏んでしまった。


よく窘められたものだ。

お前がいなければ、俺は幾らでも大胆な愚行で身を甘やかすと。


お前も、人のことは言えない。

俺さえ聞いていなければ、どんな武器でも握りしめて良いと思っている。



優れていることが一つだけあるとすれば、

しかし、自分に向けては撃たなかったことぐらいか。


だって、もしそのつもりで放ったなら、それこそ一発で十分である筈だからだ。

まさか、お前も何発も喰らわなくてはくたばらないほど、しぶとい身体をしているのではあるまいな。




兎に角、今の銃声で、Teusの居場所は正確に掴めた。

一刻も早く現場に辿り着き、話が出来るのなら、耳を傾けよう。


既に、全てが終わった後だとしても。

せめてお前を、これ以上望まれた神様にさせたくない。




「もう、すぐそこだっ…!!」


終着が近いと分かった途端に、切れかけていた集中力が蘇る。

銃声は図らずとも、俺のような獲物を狩り立て、尻を叩く役目を担ってくれていたのだ。


思ったよりも近くを彷徨っていたことに、驚きを隠せない。


このまま切り立った崖と一定の距離を保ちながら、南下しよう。

数分もしない内に、森の方へと入り込めば、彼が呆然と膝をついているのを目撃するところまで読むことが出来た。



あの狼は、いつだって俺の救世主だ。

彼が本当に、自分とヨルムンガンドを、彼の元へと導いてくれていたことに、畏れ多くも感謝する。


直に、合流することになるだろう。

その折に、改めてお礼を……。



「……?」



「あれ……?」



おかしい。

どうなっている?




「Sirius……?」


もう一匹の大狼の足音が、消えている。


数秒前まで、心地よく耳に響いていたのに。

ぱったりと止んでしまった。


消えた…?


そう錯覚してしまう程、唐突に彼は息を潜めたのだ。



何のことは無い。

彼が俺のように走ることを止め、その場に立ち止まっただけのこと。



しかし、俺は今生の果てにようやく手に入れた偶像を取り上げられたような気がして、酷く狼狽え、焦ったのだ。


だ、大丈夫…落ち着いて耳を澄ませてみれば、微かに聞こえる。


俺と同じように、静かすぎる空気の中で、周囲を窺おうと息を潜める、狼の遣いが。

ただ一つ違うのは、少しも息を荒げている様子が無いことだろうか。


しかし彼は代わりに、はっきりと譫言を呟いていたのだ。


「Hel…?」


俺にも届く大きさで、胸を絞るような悲痛さで。


「ど、こだ…?」


「何処に…どこにいる…?」


「……。」


俺には無い、Teusと繋がりを見出す第六感。

やはりSiriusは、最愛の彼女に対して、持ち合わせている。




それが、途切れた。



見失ったのだ。



「う、そだ…」



「……。」







「今、参ります……!!」



互いの為に、合流した方が良い。


俺は銃声で跳ね上がった心臓を抑えつけ、周囲が再び活気を取り戻す前に全速力で駆ける。


「はぁっ…はぁっ……!あぁっ……!!」


見覚えのある景色が、戻ってきた。

俺達のスタートラインまで、間もない。

所どころに赤い残滓が飛び散り、死闘を繰り広げた傷跡が目覚ましい。


「あぁっ……あぁっ……はぁっ……」


あっけなく、大きく空けられていた差は詰まってしまう。

彼は、一歩もその場から動こうとしなかった。


「……。」


息を落ち着けるまでの時間さえ、与えてくれる。



ようやく意を決し、逡巡して選んだ名前を、口にした。



「……。」



「Sirius……?」



彼は、振り返らない。


力なく垂れ下がった尻尾に、伸びやかな命が再び宿るまで。

地獄の大狼は、己の一切の狼の才覚を脱ぎ捨ててしまっていたのだ。






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