120. 致命的な一押し
120. Fatal Push
考え事に耽りながら走るのは、何も考えずにする昼寝の次に好きなことだった。
それがどうしたことだろうか。
募る不安に、右の後ろ脚を引っ張られ続けて、スピードを保てない。
身体が、重たくて、痒い。
痒い…?
どうして?
蛇の皮膚を滑ったせいで、気触れたのか?
ああ、気持ちが悪い。
何故こんなにも、耐え難く毛皮が剥がれる感じがするのだ。
俺は、何か重要な事実を、伝えて貰えずにいる気がする。
ああ、分からない。
きっと、熱っぽいんだ。
帰って、早く、休みたい。
「……。」
俺は、一匹で走っていた。
苦しかった時に、いつも隣にいてくれた狼が、今は。
遥か遠くで、益々勢いよく大地を蹴って。
それはもう楽しそうに、己の限界に挑み続けていたから。
一度は再び、近づけたはずなのに。
どんどん。
どんどん離されていく。
追い越さなきゃ、いけないのに。
何処かで、持てる限りの力を振り絞って。
不思議な力が湧いて。
貴方に、奇跡を見せなくちゃならないのに。
「駄目かっ…」
間に合わない。
先を越される。
対峙する瞬間に、俺は居合わせられない。
SiriusはきっとTeusを制し、Helの思い通りに歩かせるだろう。
そうなったら、ヨルムンガンドは、世界は、どうなる?
止める術は、あいつにはないぞ?
「動けぇっ…!!」
「動いてくれぇっ…!!」
「くそぉっ…くそがぁっ…!!」
どれだけ糧を燃やそうとしても、回転数は一向に上がらない。
俺は怠惰にも、意思が薄れつつあったのだ。
「Sirius……。」
「待って…!」
「待ってくださいっ…!」
「お願いっ…」
もう、負けたんだ。
「俺を…俺を…!!」
涙を垂らしながら叫び、首を振る。
「置いて、行かないでっ…!!」
その時、追い打ちをかけるように。
パアァァーーーーーン……。
銃声が、空を駆けて響き渡る。
「……っ!?」
びくりと耳を震わせ、思わずその方角を見上げる。
「え……?」
そして俺は悟る。
手遅れ、だったのだと。
あいつは、
引き金を引いた。