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119.才能の試練 10

119. Test of Talents 10


じっとしていれば、もしかするとやり過ごせるかも。

その考えが甘いことは、百も承知だった。


だが今更壁に腹をくっつけ、尻尾をふりふりとさせながら地上を目指すことは余りにも無謀に思えたのだ。

絶対、登り切るよりも前にヨルムンガンドの視線が偶然にも眼下に敷かれる。

何やら、虫けらが蠢いている、その程度の気づきでしか無いだろうが。


そう思って、俺は息を潜め、自分を覆う影が動きを見せるのを待った。

相手も下手に動くと俺が岩壁ごと剥がれ落ちて、拾い上げるのに難儀するはず。

そろりそろりと近づいて来るようなら、もしかすると命を拾えるかも。


しかし、どうしたことだろうか。

いつまで経っても、背後の蛇腹の模様が変化する気配はない。


「……?」


まさか、本当に見失ったのか?

ヨルムンガンドの頭がどの方角を探しているのかを確認しようと、俺は恐る恐る頭上を見上げる。


ズゴゴッ……ドゴゴゴゴォォォォ!!


その直後、大地を槌で叩いたような爆音が響き渡った。


大蛇が獲物に食らいついたのだと思った。

がっちりと爪を立てていたので、落ちることは無かったが、余りの衝撃に、岩肌もろとも崩れやしないかと冷や汗が滲む。


「くっ……!!」


二撃目に耐えられそうかと、壁面に頬をぴたりとくっつける。

だが、どれだけ待っても追撃の様子はない。


「……。」


ヨルムンガンドは舌をくねらせながら、また暫く鎌首を宙に静止させていたようだが。

やがてスルスルと断層を伝って這い、地上を南部へと移動して行った。


俺には、一瞥さえもくれない。


「何だ?一体、何が地上で起こっていたんだ…?」


暫く呆然して、そのまま壁にくっついていたのだが、すぐに思い当たる節を見つけてはっとする。


「まさかっ…!?」


Siriusだ。

俺の身代わりとなって、ヨルムンガンドの気を引いてくれていたのだ。


何てことだ。

後続の様子を気に掛ける余裕さえ、持ち合わせていらっしゃったとは。


きっと俺が貴方との距離を縮められずにいたことを心の片隅で憂いていたに違いない。

それで恐るべき乱入者によって走友の命が危ういとなれば、すぐさま狼の夢に没頭することを止め、駆けつけてくれるだけの熱情を秘めていた。

理的な彼は、自分が大蛇の気を引くことのできる魅力を備えていることも、知っている。


やっぱり、Siriusは最高の狼なのだ。

Teusに関してはそうでもないのに。

彼を称える言葉が口を突いて出て止まらない。


「ああ、Sirius。ありがとうございます…!」


今頃は出来る限り俺から怪物を引き離さそうと、全速力で裂け目に沿って走り続けていることだろう。

ぼーっとしている場合では無い。すぐに彼の後を追わなくては!


地上へ這い出る間、俺は必至に頭を回転させ、彼に作ってしまった大きな借りを返す方法は無いかと思考を巡らせる。


幾らSiriusと言えど、いつまでも大蛇の魔の舌から逃げ果せることは出来まい。


貴方が万が一窮地に陥ることがあれば、今度は私が迷わず降り注ぐ火の粉の盾になります。

しかし、そうやって蛇の獲物の役を交代で引き継いだとしても、いずれは寝込みを襲われ、餌食となってしまう。


逃げ場があると考えるな。蛇の巣は、この森、いやこの世界全土だ。

いずれは、掴まり、牙を突き立てられる。

そこで平穏な暮らしを謳歌していると喜ぶことは、いつだって俺が喰い殺してきた獲物にだけ許された、高尚な生だといつも思う。


しかも現実の獅子のように、相手がそのうち諦めてくれると考えるのは甘い見込みだ。

執拗にこの4日間水脈だけを見張り続け、俺とTeusがぼろを出すのを待ち続けるような狩人なのだから。


そうなると、抜本的解決というのはヨルムンガンドそのものへの対処なのであって。

自然とやるべきことは限られてくる。


撃退がいよいよ現実味を帯びなくなってきているのは、俺が大蛇の鱗に爪を突き立てることが出来なかったことからも明らかだった。

程よい弾力を持ったあれでは、牙も滑って食い破ることはできまい。


勇者が良くやるような、目潰しもあまり有効ではないと察しが付く。

あいつ、あまり目は良くない。


少なくとも俺を見落とすようなへまをするあたり、立ち止まってじっとしているやつを狙うのは苦手なんだろう。

ずっと地下深くに潜っていたのだろうから、光量以外の何かに頼って、俺達を追っているはずだ。


撃退、というのも無理な話か。


「俺とSiriusでは解決不能、という訳だ…」


一体だれが、あんなものを呼び起こしてしまったんだろうな。

ちゃんと責任は、とって貰うことにしよう。


お前、その手の怪物退治には、慣れていそうだ。


「結局、先にTeusを見つけ出すのが手っ取り早い、か…。」


あいつがその気になれば、どうとでもなりそうだった。

Garmと彼が率いる軍勢でさえ、一網打尽にしてしまうくらいだ。

もしかすると、本当にヨルムンガンドを死に至らしめることさえ厭わないかも知れない。


そうでなくても、撃退に似たような手段を持ち合わせているかも。


俺は、実際に目にしたことが無かったが。

体験させられたことは、あった。


「Teusなら、やってくれるはずだ。」


転送の儀。

あれを打たせる。


やってくれと言われて、すぐにできる代物では無いのかもしれないけれど。


もしかすると、彼なら。


ヴァン神族の長として、あの老人の意志を継ぐと決意した彼なら。


怪物を、怪物が潜むべき世界に、導きなおしてくれるかも知れないんだ。




「次なる進路として、Siriusの跡を追うことは、益々適当であるような気がするな…」




広漠なる変現地から、一人の神様を探し当てるのは、幾ら狼であっても骨が折れる。

しかし、Teusの方も、何らかのシグナルを、俺に向って出してくれているに違いないのだ。

当然、あいつがくたばっていなければの話ではあるのだが。

運に甘やかされてきた神様が、あっけない最期を迎えると言うのも、物語として味があって堪るか。


恐らくではあるが、Siriusも、あの神様に頼ろうとしているのでは無いだろうか。


以心伝心を、勝手に気取って申し訳ないが。

殆ど同じ筋道を立てて、俺と同じ結論に至っているような気がしたのだ。


あの大狼にも勝算は無くて、彼が何らかの力を行使することを期待している。

いち早くTeusの痕跡を嗅ぎつけた彼は、ヨルムンガンドを俺から引き離しつつ、そちらに向かっているのだ。


人間の言葉を話せる以上、俺でも、Siriusでも、どちらでも良い。

彼を背中に乗せ、彼が望む通りに走り、そして知恵を分け与えてやれば。

きっとこの窮地から抜け出すことができる。



「さあ、どちらが先に、Teusの元へ辿り着けるだろう。」



狼同士の駆けっこは目的を変容させつつも、未だ遊びの域を出ていなかったのだ。


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