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119.才能の試練 8

119. Test of Talents 8


「ヨルムンガンド……」


そいつの本能を、未だに俺は推し量りかねていた。


今さら人外の知性が人間のそれに比べてどうとかを話すつもりはない。

それを主題とするには、俺はもうしゃべり過ぎた。


だが明らかに、この海蛇の行動原理には、一貫性があったのだ。


Helという少女がこの怪物を飼い慣らしているのでなければ、それは自我に基づいている。

人の姿をしたものを餌だと認識しているのなら、こいつの知能は高が知れていた。

ヴァン川の向こうに巣を作って、たっぷりとひしめいていると言うのに。

どうして奴らには、手を出す素振りすら見せようとしない?


つまりは、口に合わないのだ。

こいつの気まぐれの飢えを満たす為の犠牲として、ヴァン神族は相応しくない。

食わず嫌いということも無くはないだろうが、それには一定の理解を示そうではないか。


「もしや… 」


「’アース神族’ を狙っているのか…?」


辻褄が合う、というだけだ。

一人だけしか持ち合わせていない特徴量から得て良い憶測はない。

確かめる術も無いだろう。

生憎俺は、アズガルドの神々と殆ど面識が無い。

この森を訪ねてくるような大バカ者も、今後現れることは無いだろうからな。


だがもし、その奇妙な食への趣向が行動に現れているのだとしたら。


俺はTeusという神様を、いよいよ本気で疑い、そして憐れまなければならないことになる。


「……。」


前方で、鴉の群れが飛翔するのが見えた。

俺は咄嗟に立ち止まり、爪を地面に喰い込ませて屈み、安全な姿勢をとる。



ズドドドォォォォォォーーー……ン


「くっ…!?」


爆音と共に、噴煙が森の絨毯の隙間から立ち上る。

その直後、今度は地面が右へと傾いた。


「うあ゛あ゛っ…!!」


崩落が止まらない。


身体が弾んで地面を離れかけた。

本当に真下まで、来ていやがるのだ。


もうこの場に留まることは出来そうにないな。

完全に沈下してしまう前に、先を急いだほうが良い。


「Siriusっ…!」


再び走り出すと、俺は本来先に心配すべきだった彼の名を口にする。

Teusは正直なところ、どうとでもなるような気が心の底でしていた。

勿論、俺が助けに向かわないことは論外だが、奇跡的に、今も窮地を脱し続けている最中なのだろうと勝手に楽観視してしまう。


一方のSiriusは、恐らくヨルムンガンドに完全に標準を定められている。

今の大地震で、彼は間違いなく地盤変動の直撃を受けた。

貴方ほどの狼ならきっと大丈夫と信じてはいるものの、走りに没頭する余り、理性失ってはいないかと思うと、やはり心配で堪らない。


「少なくとも、あの蛇には、俺達の見分けがついていないようだ…」


俺とSiriusの見分けがつかないのは、正直無理のないことのような気がしたし、彼と見間違えて貰えるというのは、心の底で滅茶苦茶に嬉しいことだった。

しかし、大狼に狙いを済ませていることの、そもそもの理由が何であったかを考えると、そんなことでほくそ笑んでいる場合ではないのだ。


俺がこの森を駆けた時、その隣に必ず、アースガルズの神様がいることを、ヨルムンガンドは感づいている。

今しがた水脈の近くを走った大狼の近くに、目的の獲物がいる。

そのことを確信した海蛇は、地上へと這い出て、その身体がうねった通りに地盤を揺るがし続けている。


大狼もろとも、丸呑みにしてやるぞ、と。


Siriusは、とんだ災難だ。

俺が変な友達をつくってしまったばっかりに、行く手を大怪物に阻まれているのだから。




今はお互いが自分の身を守りつつ、合流を果たすことが、最優先事項だ。

道中でTeusをピックし、出来るだけ見晴らしの良い平地へ避難する。


刻一刻と滅びゆく脳内の地図と睨めっこをしながら、俺はひたすら地面を奪われる恐怖と戦いながら走った。

出来そうか?

耳で捕えられる水脈を、脳内で危険粋として、赤く塗りつぶす。

そうして得られた一本の綱は、狼が渡るにはあまりにも細くて今にも途切れそうだ。


背中にお荷物を載せていたら、きっと無理だった。

あいつを落下中に拾い上げるのは、楽しいのだが、それなりに狼特異な技術を有するのだ。



「……。」



辿り着くのだ。



辿り着かなくては。



あいつは、狼のように走れない。


鴉のように、自由に大空を飛ぶことも、ままならない。


ただ、神様として、呆然と戦場を立ち尽くすことしか。




「なるほど…」


「承知した。」




空よりの伝令を確かめ、俺は進路を変える。


幾つかの経路が、突発的災害によって更新されたようだ。

Teusが殆ど移動しなかったと仮定すると、俺とSiriusは地盤ごと北側へと移動し、傾斜の急な中腹に引き込まれた格好になる。

この先を登り切り、山峰に沿って北西へ進めば、荒々しい山脈の反対側に、元あった獣道を見下ろすことができる筈だ。


「待ってろ、すぐに向かう。」


それさえも、蛇が一度頭を擡げるだけで、筋書きは変わってしまう。


しかし、走り続けろ。

たとえ狩られる側だとしても、狼達はそのような戦いに身を置かねば、時として生き残れない。


俺は終ぞ狼の言葉を交わさなかったが、Siriusもまた、同じ回答に辿り着いていると今は信じる他無いのだった。


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