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119.才能の試練 7

119. Test of Talents 7


どうしたことだろうか。

乾いてしっかりとした土を、脚が上手く踏めない。


視界が、平行を保てない。


息切れが、酷い眩暈を齎しているのだろうか。

その割には、世界が歪んでいる感じはしないのだが。

何より、たった今消え去った、霊気を纏いし大狼の姿は、変わらず美しかった。


これは……?



ズズッ……ミシミシッ…


ドゴゴ……



何の、音だ……?



ドゴゴゴゴォォォォーーーーン……!!



「っ…!?」


大地を狼よりも速く走る亀裂に、俺は差し迫った事態が外的なものであることを理解する。


「まずいっ!!」


地割れだ。それも景観が変動するほどの。

咄嗟に後ろ脚に力を込めるが、既に地面は落ちかけていて、反発は殆ど得られない。



なんとか隆起する目の前の崖淵に張り付き、出来立ての岩肌が剥がれ落ちる前に、前方の景色と共に去って行った平面へ這い上がる。


「あ、危なかった……」


背後は、覗くまでも無い。飛び降りて着地できる高度では、ないだろう。

次の地殻変動に襲われる前に、俺は先を急ぐことを余儀なくされた。


「くそっ…!」


思わず悪態を吐き、収まらない余震でうまく走れないもどかしさに、更に苛立ちを募らせる。


「目覚めさせてしまったか…」


‘ヨルムンガンド’ が、再び地中を這い廻り始めたのだ。


どうして、気が付かなかったのだ?

あれ程、水脈の近くを通る際は、細心の注意を払えと言い聞かせて来たのに。

つい先ほど、姿を現したばかりだったのを、忘れたのか?


Siriusが河川敷の近道を全速力で駆けて行った為に、寝返りを打ったと見て、ほぼ間違いないだろう。

やはり、俺の動きを地下深くから辛抱強く見張っていたのだ。


巨大な狼を除けば、森の住人が立てる足音など、どれも些細で大差がない。

唯一の聞き分けができるそいつを目印として、あの大蛇は這いずり廻っている。



Siriusは、知る由も無かったのだろう。

水脈を自在に走り回る大怪物が、自分たちの住む森さえ脅かしている最中であったことを。


ひょっとすると、彼を初めに追いかけていた時に、川沿いの道を選ばなかったのは、水脈に危険が潜んでいることを既に察知していたからなのかと一瞬考えたが、俺にまで及ぶ危険を冒してまで勝ちを拾いに行くはずが無いと考えなおし、その線はすぐに消した。


彼には、この森のあらゆる獣道の最新の情報を体内に宿していながらも、ついさっきまで、この世界で起きていたことの記憶を持っていなかったのだ。


Garmなら、間違いなく、この行動は取らなかったはず。

彼には、Siriusとしての単一の自我しか与えられていないことが、これではっきりする。


しかし、もし彼が抜け道を走る賭けに出ることをしなかったとしても、俺が代わりに星界の大蛇を目覚めさせてしまっていた。どのみちこのような事態には陥っていただろう。

そして俺は、過去の経験から、それを回避できていたはずだ。


つまりは、俺に全責任があった。


遊んでいる場合では、無かったのだ。

少なくとも、Siriusへ注意喚起をしてやるぐらいのことは、できたはずだ。

コースの2択を最初から潰すぐらいの配慮は、可能だったのに。


「このままでは…」


追いかけっこは、中止だ。

すぐにでも安全を確保しなくてはまずい。




そして、身の安全よりも、真っ先に口を突いて出た言葉は。




「Teusっ…!!」



俺が、半ば嫌いになりかけていた、Garmに躊躇なく銃口を突き付けた、戦の神様だった。



背中の毛皮が残らず逆立つ。

それを、本心のどの動きと受け取って良いのかも分からない。



しかし、胃袋が潰されるような吐き気は、間違いなく俺に自責の念を味合わせていた。



「…しまった。」


なんてことだ。

Teusが、危ない。


俺が、Teusと常に行動を共にしつつ、FreyaやSkaの待つヴァン川の向こうへ慎重に進んできた理由はなんだったか。

それはヨルムンガンドが、俺を丸呑みにすることが狙いではなさそうだったからだ。


この鉄の森の下で、根のように張り巡らされているこの蛇の全長は、確かに俺の動きを手掛かりとして、獲物の位置を把握している。

しかし、それなら何故、Teusが不在の際には一切の動きを見せず、彼とその(つがい)が本拠である新ヴェズーヴァを離れたその隙を見計らったのか、説明がつかないのだった。


俺が大きく動いたとき、その隣に必ず、この神様がいるだろうと、何故かこの大蛇は知っている。

北の大海を臨む景色へ赴いたあの日に、地中深くで、こいつは瞳を開いた。



今、Siriusが横切った水脈の近くに、目的の獲物がいることを確信したヨルムンガンドは、手当たり次第に付近の地盤を捲るだろう。


幾ら幸運の寵愛を受けた神様と言えど、天災が如く齎された大地震を前にして、無事でいられるはずがない。


仮に相変わらず、運よく助かったとしても。

それは救世主となりうる狼が駆けつけてこその結果論。



「今すぐに、彼のもとへ向かわなくては…!」




毒牙に侵されるのでもなく、丸呑みにされるのでもなく、ただ倒木に押しつぶされて、地中に生き埋めにされて死ぬなんて。




それだけは、絶対に嫌だ。




「間に合ってくれ…!!」




お前は、そのように死んではいけないのだから。


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