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118. 踏み外した一歩 4

118. Tragic slip 4


「そこの人間は、お前に見せとうない世界について、悉く沈黙しておったようだな。」


Siriusは嫌味を少しも含まず、けれども窘めるような口調でそう呟いた。


償え。Fenrirを泣き止ませる為に、主はどんなことでも厭わぬべきだ。

そう言われた気がして、俺はよろよろと立ち上がり、涙を拭う。


威厳と慈愛に満ちた眼差しに射すくめられ、一歩も二匹には近づけなかったけれど。

まだ俺は、その役目を負っても許されるだろうか。


「ヘルヘイムには……」


「責め苦や、罰の与え手はいない。」


「そうですね……? Sirius?」


念のため、彼自身に確認する。

目撃者よりも、被害者の体験が重要なのだ。

Sirius自身が、苦しい思いをしなかったか。


「ああ……。」


「その通りだ。」


Fenrirの耳が、沼の中で僅かに動いたのが分かった。

俺は、彼の為に、殆どの事実を伝える価値があることを確信する。


「そう、地獄という名と裏腹に。

この世界は、罪人の為に作られてはいない。」


態々、死後の世界にまで及んで、お前は生前悪人であったなどと言い当てることはしない。

そのような者を裁く神様も、刑を執行する獄吏もいない。


「何もないんだよ。Fenrir。」


「代わりに、何もない。」



「それが、楽園の対として屡々描かれる理由だよ。」


ただ、藁の上で死んだ者たちを祝福しようとする神様が、現れなかっただけ。


そんなの、おかしいと思うかもしれない。

けれど、神様も、一人の人間の超越でしかない。

どんな人を死後に幸せにしてあげたいと思うかは、神様が選ぶ。


死後に袂を分かってしまう以上、皆をいっぺんにというのは、博愛の神であっても無理なんだ。

それが及ぶのは、此処と同じ世界の続きでしかない。




薄暗い砂の道が、ただ延々と続く世界。




何もないことを、それを現世の報いだと言う人もいる。

名誉ある戦場での死にこそ、神々の祝福が与えられると。


けれども、違うんじゃないかな?

勿論、どのように最期を迎えたいという理想は各々あるだろうけれど。

俺は、Freyaがそう言った志に従って倒れていった人々を可哀そうだと思うから、救いの手を差し伸べてあげられたんだと思っている。


じゃあ、同じ神様もいるはずさ。


ヘルヘイムに至った人々を可哀そうだと思える、

同じ境遇の神様なら、きっと不名誉で情けない屍だとは、思わないよね?


祝福してあげようと、思うんじゃないかな?




「ま、まさか……。」




「ああ、現れたんだ……。」




「ヘルヘイムにも、一人の神様が……。」




Fenrirは、口の中にしまい込んでいた舌を鼻の方へ垂らし、その話を目を見開いて聞き入っていた。

Siriusは大狼の気分を落ち着かせようと離れなかったが、同じように自分の言葉に耳を傾け、彼を傷つけるような言葉を放ちはしないかと目を光らせているように見えた。




「その世界をまるごと遊び相手にしてしまえる程、強大な力を以て……」




「自覚なく、全てを従えてしまった。」




「そう、地獄界を支配する女王が、君臨したんだ。」




「……!?」


Fenrirは息をのみ、視線を隣の狼へとずらす。

繋がりつつあったのだ、触れてはならない真相に。


「彼女は…もう分かるかも知れないけれど、嘗ての俺と同じように、自分自身の転送を完成できる。」


あの歳で、もう異世界を渡り歩けるんだ。

彼女自身がそうしようと思って、やっているのか。それはSiriusにも分からないことなのかも知れないけれど。

少なくとも、神童とか、そういう次元の才力じゃない。


でも彼女が持ち合わせた神様の力が、幾ら稀だからと言って、それだけじゃあ、死後の世界を治めるには足らない。


今までに、ヘルヘイムに生きながらに到達した者がいない訳ではないんだ。

だからこそ、こうして俺は、人づてに聞いた世界観を偉そうにべらべらと喋ることができる。


それだけなら、齢幾ばくも無い少女ではないにしても、やってのける。

でも物語は……いつも君たちにとって、不幸なんだ。




「…彼女は、やはりと言うか…」




「有り余って、特別だったんだ。」




あの二人とは、全く別の性質を備えて、そして決定的な力。




こんなの、今まで聞いたことが無い。

誰も、為し得るはずが無いと思っていた力なのに。




「Fenrir……」


「どうだい?Siriusの毛皮は…」


「温かであるかい?」


「……?」


「血が通い、そして脈打っているのが、聞こえるかい?」


「……Teus?」


Fenrir、聡明な君なら、理解してくれると思う。


ヘルヘイムは、地続きな世界ではない、というだけではないんだ。


大事なことは、その世界で生きることは、死後の世界を生きるということであって。

君の前に再び見覚えのある誰かが現れたとしても、その世界での身分を捨てたことを意味しない。


良いかい?


死人は、絶対に、生き返らないんだ。


絶対に。




そのはずだった。




「あ、あの子……。」







「死者を甦らせることができる。」







「……。」




それも、半死の屍なんかじゃない。

完全に、死者の世界から、抜け出せている。




嘘なんかじゃなかった。




今、目の前に。




その証拠が、尾を揺らして、生きている。







「……Siriusは、生き返ったんだ。」





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