118. 踏み外した一歩 2
118. Tragic slip 2
「藁の上の死。」
そういう死に方だ。
戦士にとって、最大の屈辱。恥ずべき最期。
不名誉な死を意味する。
老衰や、疫病に抗えず、床に伏して死ぬこと。
戦うことを、諦めて死ぬこと。
無抵抗に、殺されて死ぬこと。
それが、楽園とは対となる世界へと旅立つ者の条件だ。
そんな死者たちは、二人の神様に見つけてもらえないまま。
‘地獄’ へと至る。
Fenrir。
君は、Siriusと十分なぐらい、互いが狼であることを示し合ったのだと思う。
あの夏の終わり、霊山の頂きで、君自身から、そう語ってくれた。
唸り合い、毛皮を噛み合い、寸分先も見えぬほど、ぼろぼろになるまで。
激しい戦いの末、決着は着いた。
それからの話。
そのあとに起きた出来事。
「…………。」
Fenrirは、涙で輪郭を失った瞳をはっと見開き、今にも吐き出しそうな表情で、口元をわなわなと震わせる。
君は、Siriusに。
こんな風に、懇願された筈だ。
「死ぬ間際の自分の身体を、喰べてくれないかと。」
どうやって解釈をしてあげれば良いのか、俺にも分からない。
でもっ…でもそれって…。
「立派に狼を育てようと戦ったSiriusは、最後の最後で…。」
「君に喰い殺されることを願った。」
「生きることを、諦めてしまったんだ。」
「嘘だああああああああああっっ……!!」
抗いようもなく、死にたい。
「じゃあっ……!じゃあ、Siriusはあぁっ……!?」
己の意識で誰かを傷つけてでも、生にしがみ付きたくない。
「俺の……俺の、せいで……」
誰かに無抵抗に、殺されたい。
「…………。」
君をお腹いっぱいにさせてあげようと。
活きが良い血肉であろうと。
必至に君が突き立てる牙に耐えた狼は。
「けれども、藁の上で。」
「死んだんだ。」
「…………。」
ドチャッ……。
Fenrirは、縫い包みのように、こてんとその場に転がって、倒れた。
「うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「あ゛あ゛っ……うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っーーーーー……。」
腹を見せて、ごろんと寝そべり、
脚を四方に投げ出し、
目を零れ落ちそうなほどにまん丸に見開いて。
まるでGarmのような体勢で、泣いたのだ。
「うあ゛~~~っ!!!!」
壊れてしまった。
耐えられず、
気が触れてしまったんだ。
「いやだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー---っ……!!!!」
「うあっ……あああああああああー―――――――――…………!!」
「うあっ……うわあ……。」
俺は両ひざを突き、完全におかしくなってしまった大狼の友を、呆然と眺める。
その傍らでは、同じ姿形をした同胞が、沼面の一点を見つめて、きつく口を結んでいた。
憤りこそ覚えなかったが、Siriusが自分に真実を告げさせたことを、俺はお門違いにも責任逃れだと思った。
どうして、こんな汚れた役回りを、自分に押し付けたのだ、と。
勿論、Sirius自身の口から、そんなことが話せるはずが無いのは、承知しているつもりだ。
Fenrir。君への初めての愛情のせいで、
彼は、地獄へ堕ちたのだ。
喩えどれだけそれを、他意無く伝えられたとしても。
Fenrirは次の瞬間、迷いなく自害に至っているだろう。
それこそ、自分が後を追うことが、償いの始まりに過ぎないとして。
死後の世界の苦しみの一切を庇うと言って聞くまい。
自分の口から、そのことを離すことが。
己の罪滅ぼしになるだろうか。
そんな打算を、心から恥じた。
白日の下に晒されるぐらいなら。
…俺はやはり、真実を隠し、
笑顔を取り繕っている方が良い。




