1.復讐劇
1. Revenge Tragedy
自らを束縛するこの忌々しい枷の力が弱まったその刹那、
俺は渾身の力を込めて鎖を引きちぎり、檻を喰い破り、自由の身となった。
どれだけ、この時を待ち望んだことか。
ほら、どうだ。お前達人間どもは、こんな鎖も喰いちぎれないのかと嘲笑ったな。
それがどうだ。こんなにも簡単に噛み砕いてやったぞ。
わかる、Gleipnirとやらで弱まった力が瞬く間に戻っていく。
枷さえなくなってしまえば、もう恐れるものなどない。
―遂に。
復讐のときが、遂にやってきたのだ。
数十年ぶりに、俺は腐ったこの世界の空を仰いだ。
日の透けた曇天だった。風は甚だ強く、いつ雨が降り出してもおかしくはない様子だった。
まるで世界でも終わりそうな、嵐の前の静けさを湛えていやがる。
その沈黙を破くべく、深く、深く息を吸い込む。
“…。”
そして俺は、神々の世界全体に響き渡るような声で、遠吠えをしたんだ。
“ァゥオオオオオオオオオオオオオオーーーー…………!!!”
恐ろしい獣の雄叫びは、この世界の果てまで谺した。
きっと神々を、一人残らず震え上がらせるものだっただろう。
その遠吠えは、俺達狼が、狩りの始まりを告げるものに他ならなかったから。
既に欹てた耳は、ひどく動揺した獲物たちの動きをとらえている。
そうかそうか、そんなにこの狼のことが怖いか。一人一人の絶望した顔を思い浮かべながら、俺は悪役に相応しい満足げな笑みを浮かべる。
ほら、早速のお出迎えだ。聞きつけて此方にやって来た輩がいるぞ。
話が早くて助かることだが、それで足りるのか?
まずは、誰から喰ってやろう?
選り好みをして尚、獲物には一生困らないだろう。
…いいや、お前たち人間は、特に喰う気もない狼だって殺したな。
だから、その腹の膨らみだけを切り裂いて、闊歩してやるぞ。
「……。」
…ああ、駄目だ。何だこれは。
これでは喰うどころではないぞ。それどころか、殺してやった気にもならないではないか。
ちょっと唸り声をあげただけで、見るも虚しく及び腰になりやがって。その武器は飾りで、そうして格好よく構えるためだけにあったのか?
心なしか、口から滴る血も水っぽい。おお、どうか醒まさないでくれ。
その時、俺は自分がこの世界において驚異的な存在であることを確信した。
もはや過信などでなはかった。あいつらがこの俺を必死に束縛しにかかった理由も、今ならわかる。
俺が、世界の破滅を齎す狼であることは明らかだ。
それは、拘束され、二度と牙を剥くこともできない姿にさせられたのだったか?
―だが、その平和な日々も今日で終わりだ。
俺は憎き神々を、一人残らず喰い殺してやるのだ。
獲物の待つ故郷へと向けて、ゆっくりと歩き出す。
そうだな、手始めに、逢っておきたい奴がいるのだ。
まずは、腹ごしらえを済ませつつ、そちらへ向かうとしようか。
“楽しみだぁ…。”
思わず尾がゆったりと揺れてしまう。
ああ、早く逢いたいなあ。
彼は、元気にしているだろうか。