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114. 毛皮を灰に 2

114. Ashcoat 2


「ティウウウゥゥゥー――――――ッッッ!!!!!」


「…っ!」

彼はきつく目を瞑って俯き、まるで最愛の父親に怒鳴りつけられた子供のように、肩に力を入れて直立した。


「貴様あああっっ!!…余計なっ…余計な真似をしやがって……!!」


何故発砲なんかした!?

口元のガスが至近距離で引火すれば、こいつがどうなるかは、分かっていただろう?


「でっ、でも…あのままじゃ…Fenrirがぁっ…」

「俺の話はしていないっ!!」


言い訳を怒号で遮ると、俺は彼に詰め寄り、眉間に皺を刻んで唸る。

「本当に止めを刺すと分かって、Garmを撃ったのかと聞いているんだっ!!」

「……。」


「くそっ…!!くそがあぁぁぁぁっ……!!」


「グルルァァァァァァァァッッッ!!」


責任転嫁も甚だしい。

こいつは俺が手を下せないままでいることを悟って、代わりに引き金を引いてくれた。

それが、俺の吐息に火をつけ、燃え盛っただけのこと。


彼は自らの手で、戦いに決着を付けたりはしない。

ただ勝敗を、神の意志で、転がすだけ。




「ガルムッ……。」




鎮火の試みは、直ちに無駄であると分かった。

大狼の毛皮は不思議と良く燃え、沼の上に灰の渦と緋色の蓮を作る。


俺はこうして、炎を噴き荒らす才はあっても。

やっと隣で咲いてくれた花に、水をくべてやる優しさに欠けていたのだ。


「あぁ……。」

尻尾の振舞い方も忘れ、狼狽えながら勢いを増す火葬を見守ることしか出来ない。


すぐに。直ぐに消さなくちゃ。

そう喚き散らすような代わりに、俺はありったけの憎しみを込めて。

隣で何処か安堵の紅潮を見せる神様の顔を睨みつけていたのだ。




「ガルムは……。」




俺は亡骸に背を向け、彼の名をもう一度呟いた。

呼んでは、ならなかった。


泣いては、ならないのだ。


良かったと思った。

彼に与えられた名を、窺い知ることができて。

せめてもの、救いではないだろうか。


「Garmは……。」


「お…俺が…」


「殺した…の、か?」




「……。」


Teusは唇が切れるほどに強く噛みしめると、すぐさまそれは違うと断言した。


「君の力を、俺が不当に借りただけ…」


「狼を殺すのは…」




「いつだって、‘人間’ だ。」




「そうだろ?…Fenrir。」


気に喰わなかった。

ここぞとばかりに、彼は自分が人間であるなどと、強調しやがる。


「違うさ。」


それで俺は、はっきりと言ってやった。


「狼を殺すのは、いつだって…」




「‘悪役’ なんだ。」




「そうだろう? Teus。」


「……。」


はっとした表情も、堪えきれずに潤んだ瞳も、そうやって顔を背けてしまえば。


「そうだね。」


「…その通りだ。」


俺は、何も見なかったことにしなくてはならないんだ。




軍神は、右手に痛いほどに握りしめていた忌々しい武器を一瞥すると、銃身の方を握り直し、持ち手を俺の方へと差し出した。


「……?」


何の真似だ?

「必要が無いなら、沼にでも沈めておけ。」

意図が読み取れないぞと、俺は顎を使ってそれを拒んだ。


その手を離せば、すぐにでも水面が周りを取り囲んで奥底へと引き込まれていくだろう。

俺が良いと言わない限り、それが浮き上がってくることはあるまい。


「うん……。」


しかし、そう頷いたにも拘わらず、Teusは肩を竦めると、それを手放すことはしなかった。

代わりにぼろぼろの外套の中へと仕舞い込むと、ようやく空いた右手をしげしげと眺めて冷たく嗤う。


「もう……。終わった。」


「…帰ろう。」




帰る、だと?



…そうか。

まだ終わっては、いないのか。



これから俺たちは、胸を張って、ヴァン川の向こうへと辿り着かなくてはならないのだ。



あの大狼さえも、退けたのだ。

未だ尻尾さえも掴めぬあの少女も、世界に巻き付いた大蛇も、きっともう行く手を阻みはしない。



俺は、今度こそ、この戦の趨勢を変えた英雄を背中に乗せ、帰還を果たさなくてはならない。



一緒に。



笑いながら。




「……。」


彼は、凱旋の歌を嫌いだと言った。

聞かせてさえも、くれなかった。


それで、一切の希望は湧かなかったけれども。


けれどもTeusが、代わりに涙を流してくれたことを。



お前が友達であるが故に、

俺は心から嬉しく思っている。



「ああ。」




「お前が無事で良かった。」




微笑むことは、俺自身が許さなかった。

しかし、正直に、今の気持ちを吐き出したつもりだ。







「……乗れ。」


足取りは、酷く縺れそうに思っている。

どうか、振り落とされぬよう、掴まっていてくれ。


倒れ込むように、ゴールテープを切ることになりそうなんだ。


「……。」


「Teus?」


どうしたんだ。

まさか此処から、歩いていくつもりでは無いだろうな。


勘弁してくれ、日が暮れる。

それに一度でも休んだら、数日は起き上がれる自信が無い。


俺だって、此処で送り火を見届けていたいんだ。


でも、そうしたら。

俺はお前に、きっと何をしでかすか分からないんだ。



「Teusっ!!」


一体、何があったと言うのだ。

そんなに、青褪めた顔をして。


Garmと対峙しても、勇敢なお前は、こんなにも怯えた表情を見せなかっただろうが。




「……ない。」




「…え…?」




「……いない。」







「いなく……なってる。」




「何…?」




「燃えていた、屍体が…」




そう言い切る前に、俺は踵を返して背後を確かめる。




「……。」




燃え盛る獣の死骸は、消えていた。


水面に浮いた油が、僅かにちらちらと残り火を揺らすばかり。


燃え尽きてしまうはずが無い。

あんな巨体が、一瞬にして。


沼の中へと、沈む罪の重さも無い。




「……。」




全身を撫でる、ある予感。







パチャ…パシャ、パシャ……







沼の上を颯爽と駆ける何者かの足音を耳に捉え。

俺は何かを言う前に、彼を置き去りにし、全速力で後を追う。







「はぁっ、はぁっ……はぁぁっ…!!」







…まだだ。






まだ、終わっていなかったのだ。


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