113. 銀弾 5
113. The Silver Bullet 5
ちゅぷっ…じゅぷ…ぺちょ…
異様な、蹂躙だった。
舌に媚びてくる味には、とりわけ訴えるものはない。
しかし、吸い方を強くすればするほど、今案での殺伐とした戦意はそがれ、気分が段々と落ち着いていくのが分かる。
感じたことは無かったが、本能的な快楽と言って、良かったのだろう。
貪る舌の動きが、止まってくれない。
主人やリーダーの口元をひたすらに嘗め回すような狼たちは、こんな中毒的な褒賞を、もしかすると受け取っていたのかも知れない。
「……。」
「Fenrir……?」
「Fenrir……!おいっ!」
余りにも不気味な光景を、Teusは呆気に取られて眺めていたが、流石に止めなくてはと感じたのか、強い語気で俺のことを我に返らせようとする。
「なにしてるんだよっ!?今すぐにやめてっ!!」
「……。」
「Fenrirっ!!!」
"グルルルルゥゥゥゥッ!!"
「うっ…!?」
五月蠅いぞ、Teus。
俺は獲物の横取りを許さない若狼の形相をして、手を出すなと警告の唸り声を上げた。
「自分が何をしてるのか……分かってるのか?」
ああ、自覚しているとも。
それともお前には、この行為が、狂っているように見えるのか?
与えられることのなかった乳を求めて、突起にしゃぶりつく欲求が。
高まっただけのことだ。
何も、歪んだ考えには従っていない。
そうじゃないのか?
喩え、咎められるべきなのだとしても。
俺はずっと、こうしていたいんだ。
吸いたいと、甘えた声でせがんでも。
彼女は、何も与えてはくれなかったけれど。
口元の突起を視界に入れたくて、寄り目が辛い。
止められなかった。
舐めずには、いられなかったのだ。
“…ごめんなあ。”
“ごめんなあ、お前。”
「……?」
「今、なんて?」
唾液の塗れる音に混ざり、聞き取れなかったのか。Teusは眉をひそめて聞き返す。
“痛かったよなあ……。”
「Fen…rir…?」
“お前だったんだな…?”
俺がさっき、Garmを押し倒すときに噛みついてしまった毛皮の持ち主は。
“本当に、本当にごめん……。”
こっちの狼は、腿の肉を、食い千切られてしまったのか。
それで、この大狼は走れなくなってしまったのだな…?
“うぅっ…うっ…あ゛あっ…”
“ごめんなさいっ…ごめんなさいぃっ…”
震えが止まらない。
舐めても、舐めても、終わらない。
彼らの… ’声’ が。
鳴りやまない。
表層へと浮き出ているだけで、十数頭はいた。
しかしきっと、彼の身体の内には、それよりももっと多くの狼たちが。
集まって、重なり合って、
一匹の狼として、結ばれている。
"...。"
或いは俺は、別の欲求に、従っていたのだと思う。
同胞の口元を愛撫する仕草、それを許されたい、誘惑だ。
……Garmという名の狼たちに、謝りたくて。
俺はずっと、ずっと愛撫を続けていたのだ。
べちょっ…ぶちゅっ…ぬちゅ……。
彼らは、それをやめてと言わない。
もう十分だと言って、顔を背けてくれない。
まだ、赦して貰えてないのかな。
「……。」
「ごめん。Fenrir……。」
「俺、分らないよ…。君が、考えていること…。」
そうか。
お前は…神様、だからな。
「…探しているのだ。」
「え……?」
「なんだか、聞こえてくるような気がするのだ。」
一匹一匹の、縫い合わされる記憶が、痛いと、語り掛けてくる。
その声だ。
夢よりも、朧げで。
舌を伝うのは、瞬きの合間に映る、他愛のない日常の残響だけ。
それは、彼らにとっては、死んでも大事にしたい場面一つひとつの集まりであるのかすらも、分らない。
多分だが、沢山混ざり合って…鮮明でないのだ。
「俺は、この中にいる…Garmを探してる。」
或いはGarmとなる前だった、狼の断片を。
「……や、やめようよ…。」
「そいつは…。」
「Garmはもう、楽にさせてあげよう?」
お前を動揺させないほどに、困らせるようなことを言ってしまったのだな。
Teusは執拗な舌のうねりから眼を背けることも出来ず、勇気を持ってそれはいけないと俺を諫めた。
手に持っているそいつは、リロードが済んでいるらしかった。
脳天に銃口を突き付けるのは、彼でなくとも容易く、きっと顔を背けて引き金を引いても、終わる。
「何故だ…なぜ、そんなに急いで、こいつの死を望む?」
もう、こいつにそんな力は無い。
お前に爪を触れさせるどころか、腹をひっくり返して起き上がる事さえも、叶わないだろう。
こうして乳にしゃぶりつく行為にさえも、抵抗ができないのだからな。
Garmはもう、呻き声さえも上げず、こうして舌で温もりを感じていたのでなければ、疾うの昔に絶命していると思い込んでもおかしくない程に、虫の息だったのだ。
お前の崇高な評決の通り、俺は勝った。
狼の範疇を超えて、俺はこの大狼を平伏させたのだ。
こいつはもう…神の意志に従うしかない。
そうだろう?
「そうかも知れないけど……。」
「でも…苦しそう…なんでしょ?」
自分で、そう言ったじゃないか。
それなのに、生かしたまま、この大狼の身体を嘗め回すのは……見てられないよ、俺。
「……そうだな。お前の、言う通りだ。」
半殺しの大狼を、延々と舌で愛撫し続ける行為を、冒涜的だと捉えるのも無理は無かった。
早く命を奪ってやらなくては。
こいつは一生、オ嬢と譫言のように叫ぶだろう。
それは、この狼たちの悲鳴よりも、耳を壊す。
「ね? 早く、終わりにしよう……?」
「ああ。すぐ、終わる……。」
「もう少しだけ、待ってくれ。」
そう言いつつも、少しも急ごうという気は起らず、寧ろ殊更に一匹一匹を丁寧に舐めていった。
Teusへの反抗では無いのだが、飽くまでこの大狼は自分の好きにしてよいという驕りがあったのだ。
淫らな慰めの行為を誰にも邪魔されたくない。
見られるのは構わないが、口を出すようなら、お前であっても黙ってはいないからな。