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113. 銀弾 3

113. The Silver Bullet 3


「余計な真似をっ…」


人間はいつもそうだ。最期の誇りとは何であるか、それを履き違えている。


急がねばならない。

明らかに、Teusは出しゃばった。

お前が何をしようと、得られる戦果など、何一つないと言うのに。

彼が放った、警告とも言える一発は、Garmから完全に退路を奪い取ってしまったのだ。


“グエェ……ゲヘェ…ゴボッ…”


もう、彼が力量だけに頼って俺をねじ伏せることは絶望的だった。

尻尾が、何よりも怯えを代弁している。


この大狼は、一体何者なんだ?

火を噴くことができる狼なんて、聞いたことが無いぞ。

実は、狼の皮を被って友好的な態度を装った、恐ろしい怪物なんじゃないか?

このままじゃ…このままじゃあ、自分は殺されてしまう。


しかし、その場でうずくまって諦めたところで、血も涙もない戦の神様に撃ち抜かれて死ぬだけ。

だったら、小枝よりも脆くなった四肢を引きずり、出来る限り走って、目の前の大狼から逃げ果せる奇跡に掛けた方が良い。


それすらも、赦されないなら、俺は足掻く。

最期まで。




オ嬢が、助けてくれるまで。




振り返ったGarmの朽ちた瞳に僅かに宿った、抵抗の意志。

彼は捨て身の反撃に出ようかと、逡巡したのだ。



“……。”


しかし同時に、すぐそばまで迫っているであろう怪物との距離を恐る恐る確かめる、哀れな逃亡者の表情も。ありありと映し出されてしまう。



「っ……。」

それが、俺の切っ先を酷く惑わせるのは、言うまでもない。


鈍っている場合では、ないのだぞ。

早急に、終わらせなくては。



「グルルルルゥゥゥゥッ…!!」



出来る限り、Teusに倣って警告を含めた唸り声をあげる。

Garmは獰猛な怪物のそれに耳をびくりと跳ね上げ、長さの揃わない四肢をますます下手に操って体制を崩した。


“ヒィィッ……!!”


無防備にもぎゅっと目を瞑ってしまい、端から涙がちぎれる。



それすらも非情に好機と捉え、俺は後ろ足に力を込めて泥を掻く。


段々と、周囲の沼地が言うことを聞くようになってきていたのは分かっていた。

それは己の名に従えば、この土地では、狩る側に回った俺が圧倒的に優位であることを意味する。

目の前の狼にとっては、あの血だまりこそが潜むべき聖域であったのかも知れないが。

今は僅かに先で躓く獲物に、堂々と近づくことを許されたのだ。



なるべく、牙や爪に頼らないことが重要だ。

そんな舐めた真似が通用するほどに彼が弱っているだろうと確信するのは、酷く悲しいことだったが。

先のように誤って、根こそぎ肉を切り落とすような失態は、もう犯せない。



“止まれぇぇっ…!!”



俺はGarmからやや視線を降ろし、右脇のあたりを狙って体当たりをかました。



“ワウウゥッ…!?”



ちょうど振り返るのを辞めて、必死にスピードを上げようとしていた矢先だった。

彼は肺に溜め込んだ空気を吐かされ、情けない声を上げる。


…遊びでなかったなら、屈辱的だっただろう。


そして遂に、転ばされたのだ。



“そのままっ…寝ころんで、いろっ…!!”

すぐさま起き上がろうと藻掻くGarmの胴に馬乗りになると、俺は彼にだけ聞こえるようになるべく優しい声で諭した。


“嫌ダァッ……!放シテヨォ…!!”

彼は自分の背中を上にして丸くなり、哀れっぽく哭きながらも、未だに俺から身を護ろうと防護の姿勢を崩さない。


そうしてやりたいのは、山々なんだ。

…だが、見逃してやるよりも、もっと確実にお前を助ける方法が、残っているはずだ。

胸に耳を当てて、よく考えてみろ。


“無駄な抵抗はよせっ…早くしないとっ…!!”

俺は耳の端で撃鉄を兵士が起こす音を捉え、ますます焦りを口調に露にする。

彼が今だけはただの人間でいてくれたなら、どれだけ助かっただろうか。

俺とGarmの間で冷静に話し合う時間を、幾らでも与えてくれたに違いなかったのに。


Teusは何が何でも、俺に勝利をもぎ取らせるつもりなのだ。

もう、Garmは変な気を起こすことすらも許されない。

抵抗の素振りを見せた瞬間に、射殺される。



そうなる前に、俺が何とかこの悲劇に終止符を打たなくては。





“済まないっ…”



俺は、それが彼に与える激痛を覚悟のうえで、背中の頂点の肉にがぶりと噛みついた。


“ギャアアアアアアアアアアッ……!!??”


鹿肉なら、一番おいしい部位だっただろうが、もう当分、その手の食事の瞬間に目を閉じられそうにない。

言うことを聞かせるだけのつもりで慌てて牙を抜くが、それでも歯痕のついた肉塊がぼろりと糸を引いて零れ落ち、巨大な背骨の表面が露になる。


「ぐっ…えっ…」


そんなことをしている場合ではないのに、反射的に吐いた。

もう、限界だ。同胞の肉に齧り付き、味を見ることに耐えられなかったのだ。



鼻面を反吐でぐちゃぐちゃに汚しながら、必死に彼のことを捉えようと口の中に肉を押し込める。


「う゛っ…ぐぅっ…!!」


最悪の触感に、鳥肌が全身の毛皮を剥ぐ。


「ごめん…なぁっ…!!」


実感があった。

俺が今やっていることは、間違いなく、‘共喰い’ だ。



「ウガアアアアアアァァッ!!」



ブチチッ…グチュ…。



“……ッ……!?”




“ヒギャアアアアアアアアアアッーーーー!!!!”




頼む、お願いだ。

気絶してくれ。



もう…こんなこと、耐えられない。



俺は、もう、狼なんかではない。






“ウワアァァァァン……イダイッ……イダイヨオ……!!”






神様に、これだけ一生懸命、お願いしているのに。



どうして俺は…また…?



こんなに酷いことを、やっと出会えた大狼にしているんだ?




「は…は、やく……。」



やっとの思いで、俺はGarmをひっくり返し、仰向けに転ばせる。


それこそが、俺の散々に求めてきた ‘降伏’ だったから。





後は…俺がそれを、受け入れるだけ。



最低の怪物だ。

やっと……貴方の気持ちが、分った気がします。




「……?」



しかし、彼の情けない姿勢は、俺からあらゆる思考と感情を奪い去ってしまった。



「え………?」



「あ、ああ…?」



余りにも悍ましいその光景に、かける言葉が浮かんでこない。




「……。」




そして俺は、ようやく思い知ることになる。



この大狼が、どうして頑なに、己の腹を見せようとしなかったのかを。


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