111. 幸運
111. Hard Luck
ぼやけて微睡んだ視界の中、それは起こった。
ズドゴオォォォーーーン!!
「……?」
な、、んだ…?
突如として、雷鳴の如き轟音が森中に響き渡ったのだ。
高々と飛翔したGarmが、止めを刺さんと、地を揺るがすほどの勢いで降り立ったのだろうか。
だとすると、俺ではなく、先にTeusのことを葬ると決めたらしい。
俺自身に、今感じている以上の異変が起きなかったからだ。
そうか。きっと彼は目の前で、狼の大きな前足に潰され、頭を食いちぎられているのだ。
結局、何もしてやれなかった。
こいつの為に、犠牲となることさえ、叶わなかったのだ。
Teusの方が先に、息を引き取るだなんて。
最大の屈辱を、与えられている。
ごめん、な……。
死後の世界について、嘗て一度、お前に教えてもらったことがある。
オーロラだ。
それが、道標となってくれる。
――――――――――――――――――――――
「きっとこのオーロラは、Fenrirにとって、悪い知らせなんかじゃないと思う。」
俺達の間ではね、オーロラって言うのは、死んだ神様や人間、動物たちが、死後の世界に向かう道中の様子だって言われているんだ。
そんな世界が、空の向こうにあるかなんて知らない。何処からかやって来て、気が付けば消えてしまう光指す道だけど、その中に、幸せになってくれる死者がいるって思うと…
「あの狼も、喜ぶんじゃないかな、って…。」
そう言って、お前は口を噤んでしまった。
「その話は、本当なのか? Teus。」
「うん…半分本当。って言ったら、変に思われちゃうかな。死者のうちの半分が、このオーロラの彼方へと向かって行くって言われてるから。」
では、残りの者たちは…?
その問いに、彼は答えてはくれなかった。
「でもね、英雄が辿り着く場所は、きっと楽園だ。」
「それだけは、本当だよ、Fenrir。」
――――――――――――――――――――――
……そうか。
お前はきっと、その楽園へと歩くのだな。
そこには、あの狼も、一緒にいるだろう。
ならば、俺は……お前を追いかける必要は、無いよな。
俺は、残りの半分。
貴方と道を違えて、歩こう。
さあ。
終わらせてくれ。
Garm。
地獄の門で、俺を迎える狼よ。
“ギャアアアアアアッッ……!!”
耳を劈く悲鳴。
これは、俺が毛皮を背中から剥ぎ取られ、哀れっぽく泣き叫ぶ声か?
困ったことだ、痛みを、間全く伴わない。
それなのに、随分と耳元で喚く。
ああ、もしかすると、既に魂は、身体から剥がれつつあるのかもな。
それで、何も感じないまま、客観的に蹂躙される様を、眺めているのだ。
しかし、いつまでたっても、終わらないな。
やっぱり、俺はしぶといのか。
絶命までの時間が延びても苦しいだけなのだが。
今はそんなことさえも寛大に見過ごせた。
これも怪物の咎に、見合っていよう。
“痛イィッ…痛イヨォォォッ!!”
……?
違う、これは、俺の哭き声ではない。
Garmだ。
「……触るな。」
「……?」
「我が友たる大狼に、触れるなと言っている!」
「…不遜であるぞ。」
とても彼のものとは思えない口調で、それは朗々と響いた。
「良かろう…相手となってやる。」
なんだ…?
一体、何が起こっている?
「今から、この狼は俺の味方で。」
「お前たちは、俺の敵だ。」
……Teus?
Teus……なの、か?
ズドオォォォーーーッッ……。
……!?
ドガッッ…ドガガガガガー――ッッ!!
再び始まった爆撃音に、今度はそこら中から、化け物の断末魔が溢れ出る。
空から、何かが来る。
Garm以外の何かが、降って来ているんだ。
「……!?」
ようやく焦点が合った視界に、俺は僅かながらも悟った。
もう、勝てないと。
こいつらは、運に見放された ’神様’ を、敵に回してしまったのだ。
我が目を疑うような光景に、理解が追い付かない。
Garmは動きを殆ど制限されてしまっていると分かった。
俺と同じように、沼に半分身体を浸して這いつくばっている。
“痛イィッ…助ケテェッ!!”
その眉間に突き刺された ’何か’ が、彼をその場から動けなくしていたのだ。
びっちりと刀身に刻み込まれたルーン文字。
彼の衣装と同じように、青の装飾が施された柄。
狼殺しに、これほど相応しいものは無いだろう。
俺の全長ほどはある、裁きの大剣だった。
それが彼の意思に賛同するように、次々と天空から降ってくる。
何の分け隔てもなく民を貫き、容易く地へと伏せさせていった。
“ヴァァッッ…?グォォォッッー-ッッ…!!”
“アギャァァッー…!?”
ただ俺と、Teusだけを除いて。
止むことのない大雨に呆気に取られていると、救世主と思しき人影は、懐から何かを取り出した。
見たところ、折れ曲がった金属の棒のようだが。
俺は、それが何かを理解しかねた。
ただ、時代錯誤も甚だしいとだけは、伝わってくる。
彼はそれの短い方を持ち、もう一方を無防備なGarmの方へ向けたのだ。
バンッ……!!
“キャウゥッッ!?”
ズドンッ…ズドンッッ!!
“ヤ、ヤメロォッ…キャウゥ!?…クゥゥンッ…!”
バンッ…バンンッ…ドキュンッ……!!
“……。”
Garmは激しく暴れ、逃げようと藻がいたが、大剣に捉えられ、逃れる術を失っていた。
甲高い悲鳴を俺に代わって立て続けに上げると、
びくびくと四肢を痙攣させ、
“……。”
やがて動かなくなった。
信じがたいことだ。こんな風に、狩られてしまうだなんて。
男はGarmの口元まで歩み寄ると、息絶えたかどうかを足で突いて確かめる冒涜ぶりまで披露する。
ズドンッッ……。
それから、念のためだと言わんばかりに、もう一発打ち込んだのだ。
“……。”
無論、悲鳴など聞こえる筈もない。
幾ら何でも、やり過ぎだ。
そう思うのは、甘い考えだろうか。
「ティ…ウ……?」
救世主による幕引きは、あっけなく終わった。
未だ降り注ぐ大剣は、容赦なくこの世界の住人を同じ目に遭わせることだろう。
それが、天の意思だ。
「……?」
本当に、この男は。
Teus……なのか?
そう、疑わずにはいられないほど。
拝むことを躊躇われた。
それが、戦の神の。
いいや、天空を司った神様の。
「……ごめん、リフィア。」
「まだ俺は、君の所へ向かえそうにない。」
嘗ての降臨であったのだ。