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109. 盲従 3 

109. Blind Obedience 3


“ドウヤラ、敵ヲ見誤ッテイタラシイナ。”


オ嬢の番狼たる、俺としたことが。

Garmは目を細め、不敵に嗤う。


それは、Fenrirが何か良からぬことを考え付いた時に浮かべる微笑みに似ていた。

俺を戸惑わせる、お人好しな狼の悪巧みだ。


“標的ハ、初メカラ見誤ルベキデハ無カッタノダ。”

「何…?」

不穏な閃きに、Fenrirは泣き伏していた目を見開く。

その標的とは、即ち無防備な俺自身であることを直ちに理解したのだ。


“テュールヨ!!”

首の側面から染み出る血を気にも留めず、朗々と敵将の名を轟かせる。

大狼の瞳は怒りというより、喜びに猛っていた。


“俺ハ、貴様トハ違ウノダト言ウコトヲ教エテヤル!”


「…違う、だと?」

“アア。コレハ過ッタ対比デアッタト、気付カサレタノダ。”


“オ前ニハ、コレガ狼同士ノ虚シイ殺シ合イニ見エテイルノカ?”


“俺ノ相手ハ初メカラ貴様ダッタノダ!”


いつからお前は、傍観者のフリをするようになったのだ?

俺はお前と違って、非力の皮を被った狼などでは断じて無い。


“弱ク、ナリタイ”


そう、願っているのではないか?

そんな幻想、諦めろ。

俺達は、そういう風に産まれた。与えられた。



“護レルカ?”

そんな風に突っ立って!

人間の振りをして!この狼を偽って!


“俺ハ違ウ。必ズオ嬢ヲ救イ、護ッテ見セル。”


“ソレガデキルカト聞イテイルンダ!”




“コノ(カイ)(ブツ)ヲ…オ前ニ救エルカッ!?”




“Teusッッーー!!”


Fenrirを散々に痛めつけてきた全員が、今度は俺だけに狙いを済ませ、携えた武器の切っ先を向ける。

顔も息遣いも読み取れないのに、彼らの意識が統合され、揃ったのが分かった。


この友人を俺の友達にしてやることが、最も応えるのだろう。そう思っていた。

だが、人質取りなど、まだるっこしい策はもう止めだ…。


“与エラレタ世界ヲ以テ、オ前自身ヲ、狩ルトシヨウ。”

「う…あ……。」



1対、世界。



想像して、思わず力が抜けた。

多勢に無勢だとか、そういう構図では無い。

この世界において、自分以外の全員が、敵に回ったと思い浮かべたのだ。

幼いFenrirが魘され、苦しそうに鼻面を埋めてきた夢だ。


アースガルズの神々全てに、産まれたことを拒絶されたあの日。

彼自身の意志を、彼らのそれへと染められたなら、どれほど楽だっただろう。

それこそが全体の幸せであるのだ。抗う理由など、何処に求めれば良いと言うのだ。

分かり切っていながら涙目を向けた二人の笑顔は、きっと俺のどんな言葉よりも、この狼のことを生かし支えている。



“ゴメンナ……。”



肌の禿げた軍勢たちは、筋肉を軋ませて、武器をもう一度握り直す。

猛禽どもの、鳴き声が森中に響いた。

あの赤い星は、今にも地上へ降り立ちそうなほどに膨らんでいる。



そう。初めから、そういう物語だったのだ。

この戦いは、同じ境遇の誰かを幸せにしたいという、歪んだ旅路の交差。


どちらの思う気持ちが強いかなど、示されたところで。

少しも強くなんかならない。




「待…て…」


「それだけ、は…!」



舞台から弾き出されたFenrirが、焦りの表情を浮かべていた。



何を言っている、これは、狼どうしの、矜持を賭けた縄張り争いに過ぎないだろう?

Teusは元より、関係がないはずだ。

狙いは、自分以外にいない。

まだ、勝負はついていないのだ。

手痛い反撃を、喰わせてやりたくは無いのか?

こいつの命に触れたくば、まずは俺を完膚なきまで叩きのめしてからに……!



ボタタッ…


「……?」


ドボボッ…ドロッ…


「な、んだ…これ?」



Fenrirの声が掠れ、一瞬だけGarmのように濁った。

彼には、自分の何処から血が噴き出しているのか、見えていなかったし、感じられなかったのだ。



“勝負ナド、トックニツイタ………。”


“オ前ハモウ既ニ、寄生済ミナノダ。”

そいつらが益虫であるとは、限らんのだぞ?


「……?」

それを理解するのに一瞬もかからなかった。

Fenrirは、やはり見え過ぎていたのだ

「くっ……首か…!?」


咄嗟に前脚を上げてみるも、人間のように喉元には届かない。

その反応を、興味深いと思ってしまった。

やっぱり彼には、何処か動物とかけ離れた本能が染みついている。


だが、彼に両手があったとて、それをどうにも防ぐことは叶わなかっただろう。



百足だ。

Garmの毛皮に住み着いていた内の数匹がFenrirの毛皮へと移り、這い回っていたのだ。

そして、格好の餌場を見つけてしまった。


柔らかな毛皮が剥がれて、たっぷりの古傷を蓄えていた。

その首元を通過したのだ。



ゴポポポッ…ブッシュゥウウ……。

「げほっ…?」



せっかく、治りかけていたのに。

ぱっくりと割れて、彼を生かすのにぎりぎりだった鮮血が大量に溢れ出す。


「ウ…ヴゥゥゥゥ…」

それはまたすぐに縫合されたかに見えたが、よっぽど旨くて気に入ってしまったらしい。

百足たちは、そこを蠢いては、彼の毛皮を撫でまわすように居心地の良さを堪能していたのだ。



「う…あぁ…」

見えないのが、余計に鳥肌を逆立てた。


目を背けられず、気道が詰まって苦しそうな彼の表情が突き刺さる。



「Fenrir―っ!!」


「……。」


眼の光が、揺らいだのが分かった。

いつもこうして、気分よく首元を傷つけていたのだ。


それを、何度も救えないと絶望させられてきた。

今も俺は、遠くで笑う彼を、眺めることしかできない。



“サア、ドウシタ!救ッテミロ!”



「お願いだぁっ…やめてくれぇ!!」


「何でもするからぁっ…これ以上、Fenrirのことぉっ…」


「苦しめないでよ……。」



がっくりと膝を着き、最愛の友に代わって、命乞いをした。

自分の首を差し出して済むのなら、今すぐにでもそうしたかった。



「ごめん…Fenrir……。」


「許して……。」


こんな世界、もう耐えられない。

Fenrirと一緒に、止めたい。


俺の首元にも、同じ蟲が巻かれていたら。

どれだけ良かっただろう。


誰かが俺のことを、都合よく殺してくれたなら。




程よく、幸せだったのかな。




“…言ッタ筈ダ。Teus。”



“コレハ、俺トオ前ノ戦イダト。”




もう互いに、邪魔者はいなくなった。




怪物を救う物語など、ここで終わりにしようではないか。


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