109. 盲従
109. Blind Obedience
Fenrir はどうしようも無く狼狽えた表情で笑いかける。
その仕草は、子供が自分の想像を否定して欲しいのだとせがむようで見ていられない。
「そうか。…これは、考え違いだ。」
「俺は、誤った推論にのめり込み過ぎている。…こんなの、あり得ない。」
俺は、Teusとは違う。栄えあるアース神族の一員では無かった。
これはもう、揺るぎない真実なのだな。
そしてそれは、こんな風に皆から蔑まれ、疎まれるのに十分な理由であるようだ。
たったそれだけで、十分だったのだ。
戦争とは、優勢の思想とは、そういうものから生まれる。
その源流が、’Jotun’ であると?
それは、霜の臭いがするのだよな。
良い臭いだと思う。雪がたんまりと降って来る日の、夜の香りに似ている。
しかし俺の血は、Jotunのそれを受け入れようとはしなかった。
似通っていて、臭いで分かる程度に、僅かに違っているのだ。
俺は周りに溢れていた子供たちと違って、そんな血を引いていたとしよう。
どんな臭いがするのだろうな。自分では、体臭というものが良くわからない。
けど少なくとも、俺の父さんと母さんの内のどちらかは、そんな匂いが、鼻では感じられずとも、していたことになるよな。
「Teus……。」
「二人は…今も、元気でいるのか?」
「死んでしまったり、殺されてなんか、していないよな…?」
二人は立派に、お前たちが暮らす世界で、神様として皆の役に立っているのだと、心の底から誇りに思っていたんだ。
でもTeusは、Lokiのことが、嫌いなんだろ?
信じたくはないが、もしかしたら、母さんも。
他の誰かに憎悪されるようなことを、平気でしてきていたのか。
俺だって、お前やSiriusを苦しめたあいつのことが、心底憎いさ。
でも二人がまるで自分のように虐められるのは、想像しただけで耐えられないんだ。
今だって、こんな人間の成り損ないを産み堕としたことを、責められ続けているのではと、心配でならない。
それを、優しすぎるなどと言って、お前は褒めてくれたよな。
ありがとう。
だが、俺もまたそれは、それ以上追及しようのない、当然のことだと思っているのだ。
もし、幸せに暮らしているのなら、それで良かった。
俺のことなんか、忘れて今を生きていてくれているのが、嘘偽りなく嬉しい。
また新しく子供を産んで、その子のことを愛でていて欲しい。
勿論、その子は狼の姿形をしてはならないぞ。
ああ、そうだとも。
お前の返事を、待つまでもない。
二人は、俺が思い描いた通りに幸せであるべきだ。
思い過ごしに…決まっている。
「でも、そうだとしても…やっぱり俺は間違いなく、どちらかと同じ臭いがしていなきゃならない!」
それがLokiであるのなら、納得だ。
父さんも、霜と少しだけ違う臭いをしていたとしたら。
それが…例えば ’狼’ のような、獣の毛皮の臭いを纏っていたとしたら。
あいつがアース神族の皆に実は、裏で悪口を言われていると想像するのは容易い。
幼い頃の俺は心底がっかりしただろうけれど、それがそのきつい獣臭のせいであると説明がつく。
俺は、その息仔なのだから、追放されて当然の存在だ。
じゃあ、俺は霜の血をこうして受け入れたことで、今度こそ誰からも臭いで嫌われず、皆と一緒に暮らせる狼になれたのか?
「Teus・V・"J"・A」
違うよな。きっと。
だって、もしそうだとしたら。お前はこんなにも絶望の表情を浮かべて、俺の話を聞いたりなんかしない。
俺がお前と一緒に此方側へ足を踏み入れようとするのを、全力でやめてなんて言わない。
俺は結局、何者にもなれない。
人間では、無かったのだ。
それでいて、その否定として狼にも成り損なった。
ただの、どっちつかずのまま。
何も変わっちゃいない。
「だけれど、Teus。」
「俺は根本的に、間違っていたかも知れないのだ。」
「二人のうち、少なくとも一人が、俺と同じ臭いをしていると考えたこと。」
「あの二人が “霜の血を流している” だなんて!」
「そんな悍ましい結論に至ったのだ、俺は…。」
「いくら何でも、飛躍しすぎている。」
「きっと、嗅ぎ間違いに違いない。俺は、とっくの昔に二人の匂いなんて忘れた…。」
「あの少女から、似たような香りが漂った気がしたんだ……。」
「オ嬢の残り香からは……。」
二人の匂いが、する。