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108. 神のみぞ 4 

108. God knows 4


初めからそうだったのだ。

この毛皮の内を流れる血は、皆と色は同じでも少し違っていた。


屈辱的だと、感じているのだな。

お前は今、きっと胸を内側から掻き毟りたい衝動に駆られていることだろう。

身体を空っぽにしてでも、どうにかして、この汚れた血を吐き出す術はないか、そう絶望している。

…違うか?


認めたくなど、無いだろうに。

何処の屍のものかも分からぬ、流れの止まったそいつで、輸血された。


毒なんて、とんでもない。あの半死の娘は、そう言っていた。

しかし、副作用はこうして現れている。

自覚は無いのだろう、だがアズガルドの原液は、霜の源流を拒絶しているのだ。

お前は代償として、色覚を失った。お前はもう、完了したのだ。

Freyaでさえ、それを癒すことは難しいだろう。



そんな障害すら美しいと呼べる、お前の器量が羨ましい。



Teus。

苦しんでいるように見えないのが、猶更辛い。

悔しくて堪らないのだ。

同じ血を、一部でも共有できたことが、何事にも代えがたく嬉しくて、光栄だと期待していたのに。


目の前の色が分からなくなりそうなほどに悲しいのだ。

随分と高い代償を払った。

こんなにも、毛皮を辱められたのは、初めてであるのだぞ。


起伏に富んだと期待していた物語も、あっさりと終わるものだ。

答えは否定として、導き出された。


お前と同じ兆候が、俺には現れなかった。

それだけで、審問は閉廷となった。

示された。


たったこれだけだ。俺はお前たちと、同じ種の ’人間’ ではなくなったのだ。


Garmが分け与えたそれは。

少なくとも、同種による輸血で済んだ。


…俺の眼は、依然として狼のそれではない。

今もこうして、お前に降り注ぐ血糊が、青藍の衣装を染めていくのが分かる。



それは、構わない。


そう言えば嘘になるが、ただ俺が人の、神様の否定として生まれた理由が、はっきりと分かって。


実に晴れ晴れとした気分でいる。

解放された、とまで言っておこう。


もう、迷わずに済んだのだから。


「何と礼を言えば良いだろうか。Teus。」


「これも全て、お前と出会えたからだと思うと……。」




「その……。」



「ごめんな。」



「こんな俺と、お前は同じ血を流し始めたのだと思うと。やっぱり、絶望が勝る。」



「初めは違っていたのだと知って、今はそうではないと分かったのに。」



「俺は少しも、お前と喜びを共有することが出来ないのだ。」



「俺とお前は……生きている世界が違う。」




「……。」



「そうだな。」



「それで良い。そうあるべきだ。」



「でも……。でも。」



「そうと言い聞かせても、この泥濘は俺を沈めようと淀むんだ。」



まだ一つ、不可思議で理解し得ぬことがあるからだ。



俺の血は、どうして抗おうとしたのか。

それがもっと酷い帰結を齎そうとしているのが怖くて。


沼には、怪物が潜んでいるような錯覚に襲われる。


俺も意識することなく、お前と同じように拒んでいたのだ。

頑丈な皮膚を食い破ろうとする血の槍の雨を、頑として寄せ付けまいとした。

毛皮は、雨を弾いていたのだ。


…それは、おかしくはないか?

もとより流れていたであろう血だ。


何故、同胞の血を拒む必要があった?


現に弱り果て、免疫を失い、こうして受け入れた所で。

俺は何ともないではないか。

言葉を選ばず言うと、毒として何も齎さなかった。


こんなに身を削って尚、晴れぬ靄が残っている。


「俺には、別の血が流れていた。」


だがそれは、霜に似通った何か、なのだ。



これは、実に重要なことだ。

何故なら、あの二人は、汚れた血を忌み嫌われておきながら。

神々の聖域で営み暮らすことを許された。

そう。俺は、霜の血とさえ、少し違う。


全く同じであるのならば。

俺は今と変わらず怖がられ、貶されていながらも。

なんとか俺の、父さんと母さんの傍から、離れずに済んでいたのだ。


違ったのだ。

こうして馴染むほどに、似通っておきながら。拒むぐらいに、少しだけ、



「Teus。」




「俺は……。」


俺は、俺の血は。


「’何者’ 、なんだ…?」


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