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107. 手遅れ 2 

107. Death runs my Black Veins 2


雄叫びを上げて、襲い掛かってくるかと思いきや。

やはりこいつは、俺と同じように演劇的なところがある。

人間に、憧れ過ぎだ。


先刻のやりとりに水を差さぬよう、沈黙を保っていた異形の軍勢は、彼の命によって一斉に道を開けた。

まるで王のご到着と言ったところだが、跪くような姿勢も、首を垂れる素振りも彼らは示さない。

やはりこの大狼にとって、彼らは魂の欠けた、手慰みの駒でしかないのだ

その気になれば造作もないだろうに、自分を崇拝させようという意思は、微塵もない。

どんなに立派で可愛らしい人形を沢山もらっても、決して埋められぬ穴がある。

彼が零した本音、それは俺も、十分に理解させられてきたことだ。


共感に近いが故に、自分を散々にいたぶってきた歩兵にさえ、慈しみの眼差しを向けそうになる。

分かるのだ。

こいつらは、戦い方を知らない。身の護り方を、知らない。

美しさを伴わない犠牲として命を投げ出すことでしか、俺に立ち向かえないのだ。

それは、彼ら自身が持ち合わせた性であるのか。

或いは、やはりGarmにとってこの化け物たちは、軍隊として与えられてなどいない。


欲しくなど、無いのだ。

満たされぬ巨万の抜け殻に埋もれ、届かぬ叫びを上げながら。


Garmは高々と尾を掲げ、勿体ぶった足取りを存分に披露する。


支配的な姿勢だ。


それは俺の鼻面を醜悪に皺寄せ、上唇を剥かせて牙を晒す。

対照的なまでに、俺は低く構えた。

顎先が、血だまりに触れるほど。


服従的な姿勢だ。


“グルルルルゥゥゥゥ……。”

先に威嚇の唸り声を上げたのは俺の方だ。

恐怖に耐え切れず先に発したほうが負け、ということはない。

安全な姿勢を先にとったから、臆病者であるぞと笑うのは観衆の醍醐味というものだ。

誇りに関することではあるが、これからの勝負に、そんな前座のチキンレースは関与しない。

ただ、それ以上間合いに踏み込むなと、警告しただけのこと。

笑顔を絶やさぬのが紳士的だと思っているようだが、それくらいは心得ているな?


Garmは、俺に近づいた。

来るなら、来い。


“…腹ヲ見セタクナッタナラ、イツデモソウスルガ良イ。”


「…御託は、それだけか?」

“俺モオ前ト同ジヨウニ、警告シタダケダ。”

「では、そっくり返すとしよう。」

“……。”


“グゥゥゥウ……。”

Garmも毛皮の百足を逆立て、その牙を剥いた。

抜刀を終えたのだ。


互いに、弧を描くようにして歩き出す。



Garmは俺に、有利な歩みを許した。

後方にTeusが控えるようにして回るのを、咎めなかったのだ。

彼に予期せぬ襲来があったなら、即座に庇えるよう、Garmとの間に常に俺が立つようにしたい。

そうした意図を、彼は一切煽らなかった。

気づいていない訳では、無いはずだ。


大した余裕だな。

俺を此方に引きずり込むことなど、本当に造作もないことであるように思えてくる。


しかし、それが一対一での騎士道精神というものなのかも知れない。

俺は無意識のうちに、視界の端にGarmが置き去った少女の居場所を探っていた。

最悪、卑怯な手段に手を伸ばさなくてはならない事態に陥った時のために、というのもあったが。

それよりも、少女が決して直接的な攻撃を自分たちに仕掛けてこないという前提を改めるべきだと思ったからだ。

二手に分かれたこと、Garmが敢えてリスクを犯したことが、どうしても気にかかっている。

俺がTeusの盾となるよう手駒で詰め寄ることで、散々に痛いところを突き、弄んできたと言うのに。

その報復の危険性を少しでも気に掛けないというのが驚きだったのだ。


考慮するに値しない、というのなら、それまでかも知れない。

Garmが俺から目を離すことは、万に一つも無いだろう。


しかし。

彼は、気が付いているはずなのだ。


思わぬ力を秘めた伏兵に。


そこでいつまでも目を泣き腫らし、ぼさーっと突っ立ているそいつは。

俺が知っている限りでは。


嘗て全知全能の存在として崇められ、

そしてあらゆる戦場に於いて英雄の名を欲しい儘にしてきた。

最高の神様なんだ。


「Teus…。」


半周を、回った。

これ以上は、間を持たせられない。

せめて、お前から離れるように立ち回る前に、俺の尻尾に張り付いてはくれないか。

確かに、動かないでいてくれたほうが、お前を護りやすいとは言ったさ。

けれど、俺が思っていたほど、この救出劇は俺の存在価値を引き立てる舞台にはならないらしいのだ。

寧ろこれでは、群衆に晒された処刑台と言った方が似つかわしい。


今更、お前に助けを乞うようなことも、断じてしない。

お前の愛情は、もう腹いっぱいなんだ。

…でも…でも。



俺は、振り返りたい気持ちを必死に抑えて、口を動かし続けた。

吐きそうだったのだ。


「具合は、どうだ?」


「動けそうか…?苦しくは、ないか?」


「もし、何か思い立ったことがあるのなら。」


「俺に、話しかけて欲しい。」


この世界に入門する前に、そう言ったよな。

お前は今、どんな気持ちで、俺の情けない戦姿を見ている?


どんなに小さなことでも、知りたい。

Teus。

お前の意思が、聞きたい。


「……。」


背後でそいつが、俺の微かな呼びかけにどんな反応を示していたか分からない。

「……。」

ただ、すすり泣くのを止めただけで。

心の動きを見せなかったのは確かだ。


「わかったよ。」

姿勢を一度だけ地面に落とし、彼がただ、悲しみに打ち拉がれているだけであることを願った。


無力な人間に成り済ますことを、彼はいつも望んでいたんだ。


“ニタイ一デモ、俺ハ一向ニ構ワナイガ…”


“ドレダケ待ッテモ、加勢ハ訪レヌヨウダナ。”




「ああ……。」


「それで構わない。」


「こいつは…。Teusは…。」


そうだ、何て呼んでやれば、良いのだったか。


「とんだ、お人好しなものでね。」


“……?”


「優しすぎるのだ。特に、お前のような狼に対しては。」


「友達になるなら、こいつのような馬鹿は、お勧めしない。」


“フフフ…ソレハソレハ…”



“真ニ受ケ止メ、覚エテオクトシヨウ。”


意に反して、そうとだけ答える。

穏やかな空気こそ流れずとも。

まるで、心に染み入ったと言うようだ。



Garmは、隙を晒すほどに大きく頭を擡げ、思い出すような口調で語り掛けた。

「…オイ。」


「ソコニオワス、Jotunノ端クレヨ。」

「……っ!?」


「名ヲ、ナント言ウ。」

「……?」




テュール・V(ヴァン)・アズガルド」



俺は代わって、朗々と名乗った。

「覚えておけ。偉大なる、親友を従えた神の名だ。」



「テュール…。」



「ソウカ。テュール…ヨ。」



「友ノ無残ナ様ヲ、モウ見テイラレヌトナッタノナラ。イツデモ叫ブガヨイ。」


「俺ハイツデモ、聞キ耳ヲ立テテ、待ッテイル。」




「オ前ニヨル、初メテノ英断ヲ。」




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